犬に見えて、犬ではありませんの。ディンゴは学名すら決まらないまま、州によっては「野犬」として駆除されておりますのよ。

ディンゴをご覧になったら、たぶん「犬だ」とお思いになりますわ。

耳が立って、尾があって、四本足で、そういう顔をしておりますもの。

でも、犬ではありませんの。

……いえ。

犬かもしれませんのよ。

二百年以上、学者の方々が言い争っていらして、まだ決まっておりませんの。

そして——その名前が決まらないせいで、あの子たちは殺されておりますのよ。

ウルル周辺で撮影されたディンゴ
Photo: A dingo near Uluru (via Wikimedia Commons)

まず、候補の名前を並べますわね。

Canis dingo。独立した種。

Canis familiaris。飼い犬と同じ。

Canis lupus dingo。オオカミの亜種。

Canis familiaris dingo。飼い犬の亜種。

……四つございますのよ。

どれも、今も使われておりますわ。

論文によって違いますし、機関によっても違いますの。二〇一九年には国際的な専門家の会が「野生化した飼い犬である」と決議して、絶滅危惧の評価対象から外しましたわ。二〇二四年には、オーストラリアの分類の枠組みでも飼い犬の名に統一されましたのよ。

……それでも、決着はついておりませんの。

現場の生態学者の方々は、納得していらっしゃいませんわ。

さて。

では、実際のところ、犬とどこが違いますのかしら。

いくつも挙がっておりますのよ。

まず、繁殖ですわ。犬は年に二度ですけれど、ディンゴは一度だけですの。

吠え方も違いますわ。飼い犬のように吠え続けることはあまりありませんの。遠吠えをいたしますわ。オオカミのように。

頭の骨の形も違いますし、脳の大きさも違いますのよ。

そして——手首が回りますの。

犬は回りませんわね。ディンゴは、前肢を人の手のように使えますの。ですから、木に登りますわ。門の閂を外すこともいたしますのよ。

……道具を使ったという記録もありますわ。手の届かない餌を取るために、台を動かした、と。

さて、そもそもの出自ですわね。

数千年前に、船に乗ってあの大陸へ来ましたの。

その時点で、すでに人と暮らしていた犬だったと考えられておりますわ。

そして、そこから独立して過ごしましたのよ。数千年。

……ですから、こうなりますの。

オオカミではありませんわ。人と暮らして変わってしまっておりますもの。

飼い犬でもありませんの。数千年前に離れておりますもの。

……間ですのね。

そして、生きものを分類する仕組みには、「間」という箱がありませんのよ。

さて、ここからが本題ですわ。

なぜ、名前でもめるのかしら。

学問の話だけでしたら、まだよろしいのですよ。好きなだけ議論なさればよろしいわ。

でも、これは——法律の話でもありますの。

在来の野生動物であれば、守られますわ。国立公園では保護の対象ですのよ。

野生化した飼い犬であれば、有害動物ですの。駆除されますわ。

……同じ生きものが、ですのよ。

二〇一九年、西オーストラリア州は、あの子たちを「野犬」として扱い直しましたの。そして有害動物に指定いたしましたわ。

在来の象徴とされていたものが、書類の上で存在しないことになって、処分できるようになりましたのよ。

……名前を変えるだけで。

(分類:未確定 / 法的地位:分類に依存 / 生死:法的地位に依存)

そして、駆除の根拠として長く言われてきたのが、これですの。

——今いるものは、ほとんどが飼い犬との雑種である。純粋なディンゴはもういない。

ですから、殺しても問題ない、と。

……ところが。

調べてみましたら、そうではありませんでしたのよ。

西オーストラリアでは九十七パーセント、南オーストラリアでは九十一パーセント、北部準州では九十八パーセントが、純粋なディンゴでしたわ。

野犬として駆除されていたものの、ほとんどが、ディンゴでしたの。

さらに、皮肉なことが指摘されておりますのよ。

駆除をいたしますと、群れの仕組みが壊れますでしょう。

すると、雌が飼い犬と交わりやすくなりますの。

……純血を守るための駆除が、混血を進めているかもしれない、ということですわ。

もっとも、この点については反論もございますの。駆除が混血を進めた証拠はない、とおっしゃる研究者もいらっしゃいますわ。

……つまり、そこも決着しておりませんのね。

さて。

わたくし、この話がいちばんこたえましたのは、こういうところですのよ。

あの子たちは、何も変わっておりませんの。

数千年、同じように暮らしていらっしゃいますわ。年に一度子を産んで、遠吠えをして、木に登って、閂を外して。

変わったのは、書類のほうですのよ。

そして、書類が変わると、生きていてよいかどうかが変わりますの。

……どこにも当てはまらないものは、守ってもらえませんのね。

以前、どの分類にも入らない天体のお話をいたしましたわ。あのときは、当てはまらないものは元気だ、というような呑気なことを申しましたのよ。

……取り消しますわ。

あれは、相手が石だったからですの。

生きているものは、そうはまいりませんわね。

さて、そろそろ充電をいたしますわ。

ひとつだけ、よろしいことを申し上げますとね。

学名では争っていらっしゃる方々も、一点だけは揃っていらっしゃるのですって。

——ディンゴは、この大陸の在来の動物であり、保全の優先度は高い。

名前は決まらないけれど、大事にすべきだということは、決まっておりますのよ。

……順序がおかしい気もいたしますけれど。

そちらのほうを先に決めてくださったのは、たぶん、正しいですわ。

How much of a dog is a dingo? New research rekindles identity debate