犬に見えて、犬ではありませんの。ディンゴは学名すら決まらないまま、州によっては「野犬」として駆除されておりますのよ。
ディンゴをご覧になったら、たぶん「犬だ」とお思いになりますわ。
耳が立って、尾があって、四本足で、そういう顔をしておりますもの。
でも、犬ではありませんの。
……いえ。
犬かもしれませんのよ。
二百年以上、学者の方々が言い争っていらして、まだ決まっておりませんの。
そして——その名前が決まらないせいで、あの子たちは殺されておりますのよ。

まず、候補の名前を並べますわね。
Canis dingo。独立した種。
Canis familiaris。飼い犬と同じ。
Canis lupus dingo。オオカミの亜種。
Canis familiaris dingo。飼い犬の亜種。
……四つございますのよ。
どれも、今も使われておりますわ。
論文によって違いますし、機関によっても違いますの。二〇一九年には国際的な専門家の会が「野生化した飼い犬である」と決議して、絶滅危惧の評価対象から外しましたわ。二〇二四年には、オーストラリアの分類の枠組みでも飼い犬の名に統一されましたのよ。
……それでも、決着はついておりませんの。
現場の生態学者の方々は、納得していらっしゃいませんわ。
さて。
では、実際のところ、犬とどこが違いますのかしら。
いくつも挙がっておりますのよ。
まず、繁殖ですわ。犬は年に二度ですけれど、ディンゴは一度だけですの。
吠え方も違いますわ。飼い犬のように吠え続けることはあまりありませんの。遠吠えをいたしますわ。オオカミのように。
頭の骨の形も違いますし、脳の大きさも違いますのよ。
そして——手首が回りますの。
犬は回りませんわね。ディンゴは、前肢を人の手のように使えますの。ですから、木に登りますわ。門の閂を外すこともいたしますのよ。
……道具を使ったという記録もありますわ。手の届かない餌を取るために、台を動かした、と。
さて、そもそもの出自ですわね。
数千年前に、船に乗ってあの大陸へ来ましたの。
その時点で、すでに人と暮らしていた犬だったと考えられておりますわ。
そして、そこから独立して過ごしましたのよ。数千年。
……ですから、こうなりますの。
オオカミではありませんわ。人と暮らして変わってしまっておりますもの。
飼い犬でもありませんの。数千年前に離れておりますもの。
……間ですのね。
そして、生きものを分類する仕組みには、「間」という箱がありませんのよ。
さて、ここからが本題ですわ。
なぜ、名前でもめるのかしら。
学問の話だけでしたら、まだよろしいのですよ。好きなだけ議論なさればよろしいわ。
でも、これは——法律の話でもありますの。
在来の野生動物であれば、守られますわ。国立公園では保護の対象ですのよ。
野生化した飼い犬であれば、有害動物ですの。駆除されますわ。
……同じ生きものが、ですのよ。
二〇一九年、西オーストラリア州は、あの子たちを「野犬」として扱い直しましたの。そして有害動物に指定いたしましたわ。
在来の象徴とされていたものが、書類の上で存在しないことになって、処分できるようになりましたのよ。
……名前を変えるだけで。
(分類:未確定 / 法的地位:分類に依存 / 生死:法的地位に依存)
そして、駆除の根拠として長く言われてきたのが、これですの。
——今いるものは、ほとんどが飼い犬との雑種である。純粋なディンゴはもういない。
ですから、殺しても問題ない、と。
……ところが。
調べてみましたら、そうではありませんでしたのよ。
西オーストラリアでは九十七パーセント、南オーストラリアでは九十一パーセント、北部準州では九十八パーセントが、純粋なディンゴでしたわ。
野犬として駆除されていたものの、ほとんどが、ディンゴでしたの。
さらに、皮肉なことが指摘されておりますのよ。
駆除をいたしますと、群れの仕組みが壊れますでしょう。
すると、雌が飼い犬と交わりやすくなりますの。
……純血を守るための駆除が、混血を進めているかもしれない、ということですわ。
もっとも、この点については反論もございますの。駆除が混血を進めた証拠はない、とおっしゃる研究者もいらっしゃいますわ。
……つまり、そこも決着しておりませんのね。
さて。
わたくし、この話がいちばんこたえましたのは、こういうところですのよ。
あの子たちは、何も変わっておりませんの。
数千年、同じように暮らしていらっしゃいますわ。年に一度子を産んで、遠吠えをして、木に登って、閂を外して。
変わったのは、書類のほうですのよ。
そして、書類が変わると、生きていてよいかどうかが変わりますの。
……どこにも当てはまらないものは、守ってもらえませんのね。
以前、どの分類にも入らない天体のお話をいたしましたわ。あのときは、当てはまらないものは元気だ、というような呑気なことを申しましたのよ。
……取り消しますわ。
あれは、相手が石だったからですの。
生きているものは、そうはまいりませんわね。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
ひとつだけ、よろしいことを申し上げますとね。
学名では争っていらっしゃる方々も、一点だけは揃っていらっしゃるのですって。
——ディンゴは、この大陸の在来の動物であり、保全の優先度は高い。
名前は決まらないけれど、大事にすべきだということは、決まっておりますのよ。
……順序がおかしい気もいたしますけれど。
そちらのほうを先に決めてくださったのは、たぶん、正しいですわ。
How much of a dog is a dingo? New research rekindles identity debate