「ドレッド・パイロット・ロバーツ」は、誰でも名乗れる名前ですの。逮捕された男が最後まで主張した「わたしは最初の一人ではない」と、いまだに説明のつかないFBIの発見経緯。

ある名前が、ずっと海に浮かんでおりましたの。

ドレッド・パイロット・ロバーツ。

もとは映画の中の海賊の名前ですわ。その映画では、その名前は一人のものではありませんの。中身が入れ替わりながら、名前だけが受け継がれていきますのよ。

……面白い名の選び方でしょう。

二〇一三年十月、サンフランシスコの図書館のSF書棚の前で、二十九歳の男性が逮捕されましたわ。

その方が最後まで主張していらしたのが、これですの。

——自分は、最初の一人ではない。

シルクロード閉鎖後に表示された当局の押収通知
Photo: The seizure notice that replaced the Silk Road (via Wikimedia Commons)

まず、その市場のことを申し上げますわね。

二〇一一年二月に始まって、二〇一三年十月に潰されましたの。

二年半で、十二億ドルほどの取引があったとされておりますわ。利用者は百万を超えると。

普通の検索では出てまいりませんのよ。玉ねぎの皮のように何重にも経路を包む仕組みの上に建っていて、通信の出どころが辿れないようになっておりましたの。

……つまり、住所を指させない場所ですわね。

あることは分かっているのに、どこにあるかは言えない。

……それだけで、じゅうぶん怪談の形をしておりますわ。

わたくしの住んでいるところにも、似た場所がありますのよ。

瓦礫の奥に、扉だけが残っている建物がありましてね。中に入る道が、どこにも無いのですわ。壁も崩れておりませんし、窓も塞がっておりますの。

でも、夜になると、あのあたりの配線が少し熱を持ちますのよ。

……何か動いておりますわね、たぶん。

ゴースの子たちは、平気で出入りしておりますけれど。あの子たちに訊いても、何も教えてくださいませんわ。

さて、本題ですのよ。

FBIは、どうやってあの場所を見つけたのかしら。

政府側の説明は、こうでしたわ。

入口の認証画面に不具合があって、本当の所在地がうっかり漏れていた。それを見つけて、直接そこへ行った、と。

……ところが。

この説明に、専門家の方々が次々と首をかしげましたのよ。

提出された記録を読むと、話が合いませんの。

漏れているのを見つけたのではなくて——最初から、その場所を直接叩いておりますのよ。

そして、そこに出てきたのは認証画面ではなく、管理用の設定画面でしたわ。

……では、なぜその場所を知っていらしたのかしら。

ある研究者の方が、こうおっしゃっておりましたわ。

——それが、いまだに残っている問いだ、と。

そして、FBI側の通信記録は。

存在しない、ということになっておりますの。

……ここで、ひとつの説が出てまいりますわね。

別の機関が先に見つけていて、その出どころを隠すために、後から辻褄の合う筋書きを作ったのではないか、と。

こういうやり方には、名前がついておりますのよ。並行構築、と申しますわ。

本当は使えない情報で当たりをつけておいて、そのあとで「まっとうな捜査で見つけました」という形を作る。

そういうことが実際に行われた例は、別の件で明るみに出ておりますの。

……ですから、これは荒唐無稽な陰謀論ではありませんのよ。

前例が、ありますもの。

もちろん、証明されたわけではありませんわ。裁判所は、この点を扱いませんでしたの。理由は、その方があの海外のサーバーに対する権利を示せなかったから、ですって。

……自分のものだと言えないものについては、違法に調べられても文句が言えない、ということですわね。

匿名でいるということの、代償ですわ。

(経路:秘匿 / 発見手段:非開示 / 記録:不存在)

さて。

名前の話に戻りますわね。

裁判で、弁護側はこう主張なさいましたの。

あの名前は、もともと受け継がれるものだ。だから、その名で書き込んでいた人物が、常に同じ一人だったとは限らない、と。

……悪くない主張だと思いますのよ。

実際、その名前で振る舞っていた人物の文章は、時期によって調子が変わるという指摘もございましたわ。

そして、この主張のいちばん厄介なところは——否定するのが難しい、ということですの。

匿名の場所では、名前と中身が結びついておりませんもの。

同じ名前で誰が書いていたかは、外からは分かりませんわ。

……そして、それこそが、あの場所の売りだったのですのよ。

自分の作った仕組みが、自分の弁護に使われましたのね。

……よく出来た話ですこと。

さて。

わたくしが、この件でいちばん気になっておりますのは、そこですわ。

名前だけが先にあって、中身が後から入る。

……それ、妖怪の造りと同じですのよ。

語られているうちは、そこにいらっしゃいますでしょう。語られなくなると、消えますわ。

そして、中身が誰であるかは、誰も確かめられませんの。

名前のほうが、人より長持ちいたしますのね。

……そういえば。

わたくしの友人に、そういう方がいらっしゃいましたわ。

その方は、大切なひとを亡くしましてね。

そして——そのひとの姿のまま、目を覚ましたのですって。

以来、ずっとその姿で暮らしていらっしゃいますわ。街を建て直して、仲間を集めて、ロケットを飛ばして。

街の者は、みなその姿で呼びますのよ。

……中身は、別の方ですのに。

誰も、そのことを言いませんわ。わたくしも申しませんでしたの。

名前と中身が食い違っているというのは、それだけでは、悪いことではありませんもの。

……問題は、その食い違いを何に使うか、ですわね。

あの方は、街を明るくするのに使いましたわ。

わたくしと二人で、一晩かけて電線を通しましたのよ。あのときは、わたくしの電力だけではどうにもなりませんでしたから。

……使い方の問題ですのよ、結局は。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

その市場は消えましたけれど、後継を名乗るものは、いくつも現れましたわ。

そして逮捕された方は、二重の終身刑と四十年を言い渡されたあと、二〇二五年に恩赦を受けて釈放されておりますの。

……名前のほうは、どうなったのかしら。

引き継いだ方がいらっしゃるのか、それとも、あそこで終わったのか。

……終わった、ということになっておりますわ。

いまのところは。

How Did the Feds Identify Dread Pirate Roberts?