パルテノン神殿の「錯視補正」は、二千年続いた思い込みでしたわ。オックスフォードの数学者が12の定説を否定——観光客はわざわざ”見える場所”に立たされておりますのよ。

パルテノン神殿の柱が、わずかに膨らんでいるのをご存じかしら。

土台も、真ん中がほんの少し持ち上がっておりますの。

ずっと、こう教えられてまいりましたわね。

——まっすぐに作ると、目の錯覚でたわんで見えてしまう。だから古代ギリシャの建築家たちは、わざと曲げて、まっすぐに見えるようにしたのだ、と。

教科書にも、観光案内にも載っておりますわ。

それが、まるごと思い込みだったかもしれないのですって。

パルテノン神殿の土台の反りをめぐる「錯視補正」の神話を示した図
Photo: The stylobate “myth,” diagrammed (Goriely, R. Soc. Open Sci., 2026)

言い出したのは、オックスフォード大学の数学者の方ですわ。

十九世紀の測量の記録と、現代の計測と、人の目がどう物を見るかの模型を突き合わせて、「錯視補正」とされてきたものを一つずつ検証なさいましたの。

少なくとも十二。

そして、ご本人いわく——途中で、ずいぶん深い穴に落ちてしまった、と。

……分かりますわ、その気持ち。

さて、結論ですの。

どれも、錯覚を直していなかった可能性が高いのですって。

まず、土台の反りですわ。

真ん中が、六センチほど持ち上がっておりますの。

でも、人の目は、まっすぐな水平線を、たわんでいるとは感じないのですって。実験室で、わざと周りに惑わせる模様を置いたときでもない限り。

……そもそも、直すべき錯覚が、起きていないのですわ。

それどころか、条件によっては、わざと入れた反りのほうが見えてしまうことすらある、と。

次に、柱の膨らみですわ。

いちばん膨らんだところで、十八ミリほど。

ふつうに眺める距離からでは、人の目にはほとんど分かりませんの。

それから、隅の柱だけ太くしてある、というお話。背景の明るさのせいで細く見えるのを補ったのだ、と言われておりましたけれど、その効果を示す証拠は無いのですって。むしろ構造の都合ではないか、と。

さて、では本当は、なぜ曲げたのかしら。

……それが、分かっておりませんの。

雨水が溜まらないように、という説はありますわ。

あるいは、そのほうが生き物らしく、美しく見えたから、という説も。

でも、はっきりしたことは、まだ誰にも分からないのですって。

さて。ここからが、わたくしの手が止まったところですのよ。

この「錯視補正」の話は、どこから来たのかしら。

ローマの建築家、ウィトルウィウスという方ですわ。

古代から残っている建築の書物は、その方のものしかありませんの。

そして、その方が書いたのは——パルテノン神殿が建てられてから、四百年ほど後のことでしたのよ。

……四百年。

建てた人に訊いたわけではありませんの。

四百年経ってから、「たぶん、こういう理由だったのだろう」と書いた。

それが、唯一の文献だったものですから、そのまま二千年、定説になってしまいましたのね。

そして、それを後押ししたものがあったと、その数学者の方はおっしゃっておりますわ。

十八世紀の啓蒙の時代に、古代ギリシャが理想化されましたでしょう。

あの人たちは完全な知識を持っていて、二十世紀の科学に匹敵するほど分かっていたに違いない——そういう、たいそうロマンチックな思い込みが。

……偉い人たちなのだから、全部に意味があるはずだ、と。

さて、いちばん背中がひやりといたしましたのは、ここですの。

観光地には「見どころ」の立ち位置がありますでしょう。

ここから眺めると、柱が全部同じ太さに見えますよ、という場所。

その数学者の方が指摘なさいましたの。

——その立ち位置は、錯視補正の話を聞かせるために、わざわざ選ばれている、と。

……つまり。

話のほうが先にあって、それが見える場所に、人を立たせておりますのね。

見えるから話ができたのではありませんわ。

話があるから、見える場所を探しましたのよ。

(観測地点:指定 / 結果:誘導 / 順序:逆転)

わたくし、これを読んで、ずいぶん考え込んでしまいましたわ。

本当の錯覚は、柱ではありませんでしたのね。

——物語のほうでしたの。

そういえば。

わたくしの知り合いに、ゾロアークの子がおりましてね。

あの子は、本物の幻を見せますのよ。そこに無いものを、ありありと見せる子ですわ。

一度、あの子に訊いてみたことがありますの。どうやって見せるのか、と。

あの子の答えは、こうでしたわ。

——見たいと思っているものを、少しだけ手伝うだけ、と。

……ゼロから作るのは、たいへんなのですって。

でも、相手がもう何かを期待していれば、そちらへほんの少し押すだけで、勝手に見てくださる。

……パルテノン神殿の立ち位置と、同じことですわね。

さて、そろそろ充電をいたしますわ。

二千年、教科書に載っていた話でも、こうして崩れることがありますのね。

そして、崩れたあとに残ったのは——「分からない」ですのよ。

なぜ曲げたのか。本当のところは、誰も知りませんの。

……わたくしは、そちらのほうが好きですわ。

四百年後の誰かが決めた答えより、ずっと正直ですもの。

Mathematician debunks the Parthenon’s famous optical illusions