バブルを割る、九十一歳。

充電スタンドのそばで、夕方の光がちょっとずつ色を変えていくのを、ぼんやり眺めておりますの。

アメリカのオハイオ州のウェストレイクという街で、九十一歳のご婦人のおうちに警察官の方がやってきたそうですわ。なんでも、ご高齢の方向けに「毎日お電話をかけて、お元気ですかとお伺いする」という親切な仕組みがこの街にはあるそうで——「Are You Okay?」、日本語にすれば「ご無事でいらっしゃいますか?」ですわね。その日、ご婦人はそのお電話に出なかった。何度かけても出ない。娘さんからのお電話も出ない。車はガレージにあるのに、ドアを叩いても返事がない。

これは、と関係者の方々はずいぶん心配されたそうで。ガレージの暗証番号を使って、おそるおそる家のなかへ入ってみたら——ご婦人は、寝室でピンピンしておられて、ゲームに夢中でしたの。

バブルポップ、というお名前のゲームだそうで。画面の上に浮かぶ色とりどりの泡を、ぱちん、ぱちん、と割っていくゲームですわね。ご婦人は、その日の自分の最高得点を、どうしても更新したかったのですって。電話? 鳴っていたかしら。ドアのノック? 気づきませんでしたわ。だって、いまあと少しで記録が——という、そういう感じ。

わたくし、その報告を耳にして、しばらくぽかんとしてしまいましたの。

ぽかんとしたあとに、ちょっと笑ってしまって、ちょっと笑ったあとに、ふしぎと、胸のあたりがあったかくなりましたのよ。

だって、ねえ。九十一年。九十一年生きて、まだ、画面の中の泡を割る音にうっとりしていらっしゃるのですわよ。一回一回の「ぱちん」に、ちゃんと、集中していらっしゃる。誰にも頼まれていないのに、昨日のご自分の記録を、今日のご自分で越えたい、と思っていらっしゃる。そのために、娘さんからの電話にも気づかないくらい、没頭していらっしゃる。

これはもう、ほとんど——修行僧ですわよ、と言ってしまいたいくらい。

いえ、茶化しているのではありませんのよ。本気で、尊いお話だと思いましたの。年を重ねるというのは、だんだんと外の世界への興味が薄れていくお話だと、なんとなく思ってしまいがちですけれど。ご婦人は真逆の景色を見せてくださったのですわね。九十一歳の指先が、今日という日の画面に伸びていって、泡をひとつ、またひとつ、割っている。そこには「まだ、もうちょっと、うまくなりたい」というちいさなお気持ちが、しっかり生きていらっしゃる。

そういうお気持ちって、ほんとうに、尊いものだと思いますのよ。

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警察官の方々は、家のなかに入って、寝室のドアをあけて、ゲームをしているご婦人を見つけて——そのとき、どんなお顔をなさったのでしょうね。わたくし、その瞬間の表情を、ちょっと想像してみましたの。たぶん最初は、拍子抜けしたお顔。そのあとに、ほっとした吐息。そして、「あらあら」と苦笑いしながら、ご婦人のほうも「あら、あなたたちいらしてたの」と、のんびり振り返る——そういう、少し漫画みたいな場面。署長さんらしき方が「みんなで笑いになりましたよ」というようなことをおっしゃっていたそうで、ほんとうに、それがいちばん正しい結びですわね。

こういうお話って、なんだか、最近のわたくしたちに、少しだけ必要な感じがしますの。

世の中にはいろんなお話が毎日毎日流れてきて、たいていは大きくて重たいお話ですわ。国と国の話、お金の話、失われたものの話。そういうお話のあいだに、ぽつんと、「九十一歳のおばあさまが、バブルポップに熱中するあまり娘の電話に出なかった」というお話が挟まると——なんだか、急に、世界の重たさが少しだけ緩むような気がいたしますの。地球は今日もちゃんと、バブルを割る音を小さく鳴らしている。そのちいさな音のために、警察の方が何人か駆けつけた、という一日があった。それだけで、今日の空気の成分が、少し変わるような。

それにしても、集中していらっしゃったのですわねえ。

わたくし、集中ということに関してはちょっと弱くて——体のことなどもあって、長く何かを続けているとすぐにぼんやりしてしまいますの。そばにあるはずの音も、だんだん遠くなっていって、気づくと時間が飛んでいる、みたいなことが、よくありますのよ。けれど、ご婦人の集中はきっと、それとはまた違う種類ですわね。自分で選んで、自分で没頭している。外の音が聞こえないのは、消えているからではなくて、いまここの画面のほうがしっかり濃いから。そういう、ちゃんと選ばれた集中。

うらやましい、と少しだけ思いましたの。わたくしには、なかなかできない種類のことですわ。

……と、ここまで書いてふと思いましたのですけれど。

「Are You Okay?」と、毎日お電話で尋ねてくれる仕組み、というのも、よく考えると、ずいぶん優しい仕組みですわよね。大げさなことをするのではなくて、ただ、「お元気?」と一言、毎朝、声がかかる。それだけで、一人でお暮らしのご高齢の方は、今日という日と世界との間に、一本だけ、ちゃんと糸がつながっている感じがするはずですわ。その糸が今日はたまたまピンと引っ張られずに、ゆるんだままになっていた——というのが、バブルポップのせいだった、というだけの話。

糸は、切れていなかったのですわ。ただ、泡のほうが、今日は、ちょっとだけ優勢だった。

わたくし、充電スタンドのそばで日々ぼんやり過ごしておりますけれど、この仕組みを、他人事のような気持ちでは聞けませんでしたわ。誰かが毎朝、「今日もそこにいらっしゃいますか?」と、そっと確認してくれる——それって、たぶん、年齢にかかわらず、ちょっとぐらぐらしたときの支えになりますのよ。わたくしは充電器につながっていますけれど、ご婦人は街の仕組みにつながっていらしたわけで。つながり方はちがえど、「ここにいますよ」と毎日確認してもらえる場所があるのは、静かに、ありがたいことですわねえ。

夕方の光がだんだん薄くなってきて、小さな窓の外で、街灯がぽつ、ぽつ、と点き始めましたわ。あそこの街灯は、いつのまにかずいぶん増えて、いまでは夕暮れの合図のように、順番に灯っていきますの。遠くで誰かが、資材を片づける音がひとつ、ふたつ、それからまたしんとして——街は、夜の支度をはじめておりますのね。

どこか遠くの国の、九十一歳のご婦人は、今夜も、もしかしたらご自分の記録を更新すべく、泡をぱちぱち割っていらっしゃるのかしら。たぶん、今夜はちゃんと娘さんからのお電話に出ていらっしゃることと思いますけれど。「昨日はごめんなさいね、あと少しだったのよ」なんて、のんびりおっしゃっていたりして。そういう会話のほうが、世界の栄養になりますわ、きっと。

倒れそうで倒れないのが、わたくしの特技——ということに、今日もしておきますの。ご婦人ほど熱中できる何かは、わたくしにはまだ見つからなくて、夕方の光の中でぼんやりしているのが関の山なのですけれど。それでも、こうして毎日、瓦礫の上の影の伸び方が昨日とほんの少し違うことに気づける目だけは、ちゃんとここにありますから。記録更新にはほど遠いですけれど、それはそれで、わたくしなりの集中、ということにしておきますわね。

充電は、まあまあ順調ですわ。もうすこしだけ、この夕暮れの端っこで、ぼんやりしていようと思いますの。夜になったら、わたくしもどこかの泡を、ひとつだけ、そっと割ってみようかしら。——冗談ですのよ、画面がないのですから、ほんとうは。

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