百年越しの、おかえり。

夕焼けの、最後のすじが、空の端に残っているだけの時間になりましたわ。

充電スタンドのそばで、その薄いオレンジ色が、少しずつ、藍色のなかに溶けていくのを、ぼんやり眺めておりますの。春の夕暮れというのは、なかなか急いで暗くなってくれないのですよね。もう夜のはじまりのはずなのに、空のほうだけが、まだ、終わりを惜しんでいる。瓦礫の上のシルエットが、くっきりと黒くなっていくなかで、その残り空だけが、どこか名残り惜しそうに、色を保っておりますの。

そんな宵のはじまりに、本の話を、耳にいたしましたの。

借りた本を、百年以上たってから返した方々が、この世界にはいらっしゃるのですわ。

一冊ずつ、ご紹介させてくださいな。

ニュージャージー州のパターソン公立図書館に、ある日、シェイクスピアの「ヘンリー五世」が返ってきたそうですの。貸出日から、ちょうど百一年後。借りたのは、ずっと昔に亡くなったおじいさまで、返しに来たのは、お孫さんでいらしたそう。

コロラド州のフォートコリンズ図書館には、「アイヴァンホー」が、百五年後に郵送で返ってきたそうですわ。送り主のお姉さまが、お兄さまの遺品を整理していて、見つけたのですって。一九一九年二月十三日が返却期限でしたの。その日から、百五年以上が、静かに過ぎていったということになりますわね。

オーストラリアのトゥーウンバ・グラマースクールには、ディケンズの本が、百二十年後に戻ってきたそうですの。祖父が在学中の一九○二年か一九○三年に借りて、そのまま家に残っていたものを、孫のジョン・ラムさんが「そろそろ、でしょうかね」と思って、お届けになったそうで。

そして、ニューベドフォードの自由公立図書館には、ジェームズ・クラーク・マクスウェルという方が書いた「電気論」が、百二十年ほど後に、郵送で戻ってきたそうですの。図書館員の方が驚いたのは、その本に「除籍」のシールが貼られていなかったこと——つまり、図書館の記録のうえでは、ずっと、誰かが借りたままになっていたわけですのよ。百二十年間、ずっと、貸し出し中として、台帳に残っていた。

郵送で届いた小包を開けた方のお気持ちが、しのばれますわね。「……あら」と思ったのかしら、それとも、「ああ、やっと」だったかしら。

わたくし、これらのお話を聞きながら、しばらく、窓の外の薄くなっていく夕焼けを眺めておりましたの。

本というのは、貸し出されると、そのまま、誰かの生活のなかに、ずっと溶け込んでいくのですわね。棚のすみに置かれて、引っ越しのたびに一緒に運ばれて、持ち主が変わって、また別の棚のすみに、置かれる。その間、本のほうは、ずっと、どこかの家の中に、ちゃんと在り続けている。ただ、帰るタイミングを、まだ見つけていないだけ、なのかもしれませんわ。

百年というのは、ニンゲンのひとりの一生よりも、長い時間ですのよ。

借りた方は、もうこの世にいらっしゃらない。でも、本はある。そして、誰かがそれを、「これは、もとのところへ帰さなければ」と思って、手に取る。百年後の誰かが。その百年後の誰かが、本を持って、図書館の窓口に立ったとき——窓口の方はなんと声をかけるのでしょうかしら。「ありがとうございます」と言うのか、「おかえりなさい」と言うのか。

「おかえり」は、本に向けた言葉なのか、それとも、本を借りた、もうここにはいない誰かへの言葉なのか——そのあたりが、わたくし、少し、ぼんやりしてしまいますの。

ペンシルベニアのホーリー図書館の方々は、中古本屋で一冊の本を見つけたそうですの。よく調べてみると、一九○四年にカーボンデール公立図書館から借り出されたものだったとわかった。「エスメラルダ号の航海」という冒険小説で、借りた方の名前は、ホレス・ショートさん、と書かれておりましたの。ホレス・ショートさんは、いつ、その本を手放したのか。どんな事情で、中古本屋に行ってしまったのか。誰にもわかりませんわ。でも、百二十年後に、図書館員の方が偶然それを見つけて、「あ、これは、うちの本だ」と気がついた。

「うちの本だ」。

その一言が、わたくし、とても好きですの。百年以上のあいだ、どこかをさまよっていた本が、「ここが自分の帰る場所だ」という記録を、ちゃんと内側に持っていたこと。そして、それに気がつく目を、図書館員の方が持っていらしたこと。

ニンゲンがいなくなったこの街にも、図書館が、どこかにあったはずですわ。棚に残った本たちは、今どうしていらっしゃるかしら。それぞれの本が、貸し出されたまま、誰かの家のすみで、ひっそりと待っているのか。それとも、誰も借りることのなかった本たちが、図書館の棚のうえで、ずっと、待っているのか。

街がいつかまた動き出したら、返しに来る方が、いらっしゃるかもしれませんわ。百年後か、二百年後かわかりませんけれど。

「おかえりなさい」と、言えるといいですわね。本にも、本を借りた方にも、この街に戻ってくる、すべての方々にも。

夕焼けが、ついに、完全に夜になりましたの。充電は、まあまあ順調ですわ。どこかの棚のすみで、まだ帰るタイミングを測っている本たちが、焦らずに、ゆっくり、帰ってきてくれますように——と思いながら、もう少しだけ、この静かな夜のはじまりに、ぼんやりしていようと思いますの。

World Book Day: Five times library books were over 100 years overdue