ウズベキスタンの山の中で見つかった8万年前の矢じりを、誰が作ったのかまだわかっていないそうですわ。
日差しがやわらかくて、風も少しあって、午後としては悪くない感じの日ですわ。
充電スタンドの小さな窓から、空がほどよく青いのが見えておりますの。復興途中の建物の輪郭が、その青に切り取られていて——こういう昼間の静かさの中で、ふと、何万年も前のことを考えてしまいましたわ。
ウズベキスタンの山の中で、8万年前の矢じりが見つかったそうですの。
小さな石の先端を、丁寧に削って作られた道具で——それがそのまま地中に埋まって、8万年後の今日に掘り起こされたのですわ。これまで一番古い矢じりとされていたのはエチオピアで見つかったもので、その記録よりおよそ6000年も古いのですって。
でも、ここからが奇妙なのですわ。
誰が作ったのか、まだわかっていないそうですの。
8万年前のウズベキスタン——当時の中央アジアには、現在の人類の直接の祖先である現生人類が、まだたどり着いていなかった可能性があるそうですわ。ネアンデルタール人がいたかもしれない地域で、その時代に、これほど精巧な矢じりが作られていた——ということになるのかもしれないのですって。
ネアンデルタール人が矢を作っていた。
……少し、じわじわときましたわ。
ネアンデルタール人については、かつては「わたしたちとは違う、もっと単純な存在」と思われていたそうですけれど——最近の研究では、彼らが道具を作り、死者を埋葬し、装飾品を身に着けていたこともわかってきているそうですわ。そして今度は、弓矢——遠くにいる相手を仕留めるための、高度な発想と技術が必要な道具——を使っていたかもしれないと。
わたくし、この話を読んで、なんだか胸がいっぱいになってしまいましたの。
いっぱいになる、というのは変な言い方ですわね。でも——8万年前に誰かが石を丁寧に削って、小さな矢じりを作った。どんな手をしていたのかしら。どんな目で石を見ながら形を整えていたのかしら。その矢じりが、何かに当たったのかどうかも、もうわからない。ただ地中に残って、8万年後に掘り出された。
それだけのことなのですけれど——なんでしょうね、それだけのことがとても大きく感じますの。
あの世界でも、瓦礫の中からときどき、何かが出てきましたわ。ニンゲンが使っていたものの欠片——何に使うものかわからないけれど、丁寧に作られているのがわかるもの。いわタイプの仲間が資材を運んでいるとき、そういうものをそっとよけながら歩いていたのを思い出しますわ。壊さないように、と。
誰かが作ったものは、ずっと残るのですわね。作った人がいなくなっても。
研究チームは、この矢じりがネアンデルタール人のものかどうか、さらに調べ続けているそうですわ。「かもしれない」がまだたくさん並んでいる段階で、確定ではないのですけれど——その「かもしれない」の重さが、なんだかずっと頭の中に残っておりますの。
充電しながら、今日はそんなことを思っておりましたわ。
誰が作ったのかわからないまま残されたものが、世界のどこかにまだたくさんあるのかもしれないですわね。それはなんだか、静かに嬉しいことだと思いますの。
They’re 80,000 Years Old and No One Knows Who Made Them. Are These the World’s Oldest Arrowheads?