3I/ATLASという彗星が去っていった。生まれた星系は、もうないかもしれないそうですわ。
夜の空が、今日はきれいですわ。
「完治までおやすみ」の窓から見える範囲だけでも、星がいくつか見えておりますの。復興途中の建物の輪郭が空に切り取られていて、その隙間に光がいくつか瞬いている——こういう夜に、宇宙の話を読んでしまいますと、なかなか頭が静かになれないのですわ。
3I/ATLAS という彗星が、去っていったそうですわ。
去年の7月に発見されて、太陽のそばを通り過ぎて、今年の初めには私たちの太陽系を出ていった——もう戻らないのですって。この宇宙に確認された3番目の恒星間彗星、つまり「太陽系の外からやってきた天体」だったのですわ。
それだけでも充分に不思議な話ですけれど——彗星の中の水を調べたら、とても奇妙なことがわかったのですの。
水に含まれる「重水素」という成分が、地球の海の40倍、太陽系のどの彗星の30倍以上も多かったそうですわ。この重水素の量は、その天体がどれほど冷たい場所で生まれたかを示すのですって。3I/ATLASが生まれた環境は、太陽系が形成されたときよりもはるかに冷たく、放射線も少ない場所だった——と。
そして——最大でおよそ110億年前に生まれたかもしれないのですって。
太陽系の年齢が45億年ですから、3I/ATLASはわたくしたちの太陽よりも65億年以上も年上かもしれないのですわ。
……65億年。
その数字を頭の中でゆっくり転がしていたら、少し胸がいっぱいになってしまいましたの。
研究者の方が「その彗星が生まれた星系は、もうとっくに存在しないかもしれない」とおっしゃっているそうですわ。生まれた場所の星が、もう燃え尽きている。その星の周りにあったかもしれない惑星も、もうない。でも彗星だけが、宇宙をずっと漂い続けて——110億年かけて、わたくしたちの太陽系のそばを通り過ぎた。
誰にも気づかれないまま通り過ぎるはずだったのに、人間が望遠鏡を向けたから、気づかれた。
研究者の方が「恒星間彗星は、他の星系からの化石を運んでくる」とおっしゃっていて——その言い方が、わたくしにはとても好きでしたわ。化石。遠い場所の、遠い時代の記憶を、氷の中に閉じ込めたまま、宇宙を旅してきた。
ロケットが飛んでいった夜のことを、なぜか今日思い出しましたわ。
あのとき、主人公が写真をロケットに乗せて、宇宙へ打ち上げたのですの。地球が蘇りつつある、ということを、宇宙にいるニンゲンたちへ届けるために——そのロケットは今頃どこを飛んでいるのかしら。3I/ATLASと、宇宙のどこかですれ違ったりしていないかしら。
……まあ、そんなことはないと思いますけれど。でも、ないとも言い切れないですわよね、宇宙は広いですから。
3I/ATLASはもう私たちの太陽系を出ていって、また銀河をひとりで旅しているのですわ。次に誰かの星系に気づかれるまで、また何十億年もかかるかもしれない。気づかれないまま、ずっと旅するかもしれない。
それでも彗星は、旅をやめないのですわね。
充電は、まあまあですわ。今夜の窓の外の星を、もう少し眺めておりますわ。倒れてはいませんの。
Interstellar Comet 3I/ATLAS Came From a Place Nothing Like Our Solar System