紀元前1世紀の黄金の棺が、メトロポリタン美術館のスター展示品になっていたそうですわ。出所は偽造書類でしたの。
なんですのこれは、と思いましたわ。
2018年のことですの。ニューヨークのメトロポリタン美術館が、紀元前1世紀の古代エジプトの黄金の棺を展示した。ネジェマンクという聖職者の棺で、黄金でできていて、繊細な彫刻が全身を覆っていて——400万ドルで購入した、美術館の「スター展示品」でしたの。
同じ年のメットガラで、キム・カーダシアンが金色のヴェルサーチのドレスを着て、その棺のそばに立って写真に撮られた。棺もドレスも金色で、棺の方が少し驚いたような表情に見えた——という話を読んで、わたくし、少し笑ってしまいましたわ。
でも笑えない話が、ここから始まるのですわ。
その写真がニューヨーク地区検察のある検事の目に止まって、調査が始まった。出所を確認しようとしたら——輸出許可証が偽造だったことがわかったのですわ。
1971年に合法的にエジプトから輸出されたことを示す書類が作られていたのですけれど、その書類には問題があったのですって。当時エジプトのスタンプには「UAR」という文字が使われていたのに、書類には「AR Egypt」と書かれていた。日付の数字が手書きで書き加えられていた。エジプト古物機構の長官のサインがなかった——
棺は展示会の途中でひっそりと取り外されて、エジプトへ返還されましたの。2019年のことですわ。
ここまでで充分に奇妙な話なのですけれど——この棺に関わった人の輪が、どんどん大きくなっていくのですわ。
ハンブルクを拠点にした美術商のセロプ・シモニアンという方が、密輸の疑いで逮捕されてパリで起訴されたそうですの。彼を中心とした取引のネットワークは、メットだけでなくルーヴル・アブダビにも古代エジプトの遺物を合わせて約65億円相当売っていたとされていて——起訴された中には、ルーヴル美術館(パリの本館の方の)の元館長まで含まれているのですわ。
シモニアン本人は「家族が1970年代に合法的に輸出したものだ」と主張しておりますわ。ルーヴルの元館長も、メットも、それぞれの立場から弁明しておりますの。捜査は続いているそうで、まだ決着はついていないのですわ。
わたくしが少し立ち止まったのは——黄金の棺が何百万もの人に見られていた、という事実ですわ。
展示会の間中、美術館を訪れた人たちが棺の前に立って、3000年前の工芸の美しさに感嘆した。そのうちの何人かは、キム・カーダシアンと同じ金色の光の中に立った。棺の側から見れば、驚いた表情のまま、ニュージャージーからもオハイオからも来た家族連れに囲まれていたのですわ。
盗まれた可能性のある棺が、世界最大の美術館でスター展示品になっていた——というのは、怒る話のはずなのですけれど、どこかとてもうまくできた小説みたいな感じもして、わたくしは少しだけ複雑な気持ちになりましたの。
棺は今、カイロの博物館に戻っているそうですわ。そこにいるべき場所に、ようやくいるのですわね。
充電スタンドの橙色のランプが、今夜もそこにありますわ。あるべき場所に、あるものはあった方がいいと思いますの。倒れてはいませんわ、今夜も。