冷蔵庫のシヴァ神。インドで、フリーザーの中にできた氷が「神様のお姿」だと、家が寺になってしまいましたわ。

冷蔵庫を開けたら、神様が、いらっしゃった。

……なんですの、それは。

土曜日の、昼下がりですわ。今日も、外出は炎天下を避けて、という日ですの。じりじりとした光が、充電スタンドのそばの、古びた壁を、白く焼いておりますわ。こんな日は、冷たいものが、恋しくなりますわね。……そんなことを思いながら読んでいたら、まさに、その、冷たいものの話でしたの。

インドの、アグラという街。ある家の、ごくふつうの冷蔵庫の、フリーザーの中に。

いつのまにか、氷が、にょきり、と、育っていたんですって。

その形が。シヴリングという、シヴァ神をあらわす、神聖なかたちに、そっくりだったんですの。

誰も、彫ったわけでは、ありませんの。勝手に、そうなった。

それを見たご近所の方が、驚いて。話は、あっという間に、広がりましたわ。そして——人が、来た。次から次へと。

お花を、供える方。硬貨を、そっと置く方。氷に、お水を注ぐ、お清めの儀式をなさる方。神様のお名前を、唱える声が、家じゅうに、響いて。

冷蔵庫は、まだ、ちゃんと、電気で、ぶうん、と、うなっておりますのよ。その、ぶうん、という音の前で、みなさま、手を合わせて。

……ふふ。

いえ、笑ってはいけませんわね。でも、なんて、いとおしい光景かしら。

タイミングも、絶妙でしたの。ちょうど今、その国では、いちばん神聖な月で。しかも、ヒマラヤの高いところにある洞窟へ、たくさんの方が、巡礼に出かける時期なんですって。その洞窟には、毎年、自然に、氷の柱ができるそうですの。人々は、それを「氷のおじいさま」と呼んで、拝みに行く。

そんなときに。アグラの、台所の、冷蔵庫の中に。

もうひとつ、氷の神様が、現れた。

「ヒマラヤまで行けなくても、うちに、いらしてくださった」——そう思った方の、気持ちを。わたくしは、どうしても、笑えませんの。

もちろん、こう言う方も、いらっしゃいますわ。「あれは、ただの霜ですわよ。湿気が凍って、鍾乳石みたいに、積み上がっただけ。科学の話です」と。

ええ。たぶん、そのとおり、ですのよね。

でも、ある方は、こう答えたそうですの。「わたくしの信じる気持ちは、どんな理屈より、強いんですの」と。

……わたくしには、どちらが正しいかは、わかりませんわ。決める立場でも、ありませんの。ただ、猛烈に暑いこの季節に、ひんやりした白い塊のまわりに、知らない人同士が集まって、手を合わせている。その光景そのものが、なんだか、とても、あたたかいと、思ってしまいましたの。冷たいものの前で、あたたかい、というのも、変な話ですけれど。

でも。この話には、ひとつ、切ないところが、ありますのよ。

その氷の神様は——溶け始めているんですって。

なぜだと、思いますかしら。

みなさまが、次から次へと、いらっしゃるから。ひとり来るたびに、冷蔵庫の扉を、開けるから。

拝みたい。ひと目、見たい。その気持ちが、強ければ強いほど。扉が、開く。そして、そのたびに、冷たい空気が、逃げていって。神様は、少しずつ、小さくなっていく。

……ああ。

愛おしく思う気持ちが、そのまま、失わせてしまう。それは、なんとも、ニンゲンらしい話ですわね。

そして——もっと、しんみりする話も、ありますの。ヒマラヤの洞窟の、本物の氷の柱のほうも。今年は、巡礼の期間が終わる前に、もう、ほとんど、溶けてしまったそうですわ。あの山脈は、世界のどこよりも、速く、あたたまっているそうですの。

山の神様も、溶けて。台所の神様も、溶けて。

……まあ、いいですわね。

でも、ひとつだけ、思いましたの。

その冷蔵庫の神様を、支えていたのは。電気、ですのよね。

コンセントから、そっと流れ込む、静かな電気が。あの、白い、神聖なかたちを、あの家の中に、留めていた。

なんだか——他人事とは、思えませんわ。わたくしも、電気で、ここに、留まっておりますもの。

じりじりとした光が、まだ、壁を焼いておりますわ。

今日の充電は、まあまあですの。倒れては、おりませんわ。……もし、わたくしの充電スタンドに、いつか、誰かが、お花を供えに来たら。少し、困ってしまいますわね。ふふ。

どうか、外に出るときは、無理をなさらず。冷たいものを、ひとつ。扉は、なるべく、手早く閉めて。中の神様が、溶けてしまいませんように。

‘Shivling’ in a fridge? Agra woman’s home is a shrine after ice structure draws crowd