「邪視」たくさんの目に見られた者は、不幸になる——昔の人がこわがった呪いが、今、また囁かれておりますわ。
たくさんの目に見られると。人は——どうなると、思いますかしら。
危険なほどの暑さが、続いておりますわね。じっとしていても、汗のにじむような日々。充電スタンドのそばで、そのぬるい空気の中、わたくし、とても古い"こわがり"が、今また、そこらじゅうで囁かれている、という話を、読んでおりましたの。
「邪視」。ナザール、とも、マル・デ・オホ、とも、呼ばれますわ。
こういう、言い伝えですの。世界じゅうで、三千年も、もっと昔から。中東でも、南アジアでも、地中海のほとりでも。たくさんの信仰の中で、人々は、同じことを、信じてまいりましたの。
——「自分の"分"より多くを持つ者は、妬まれる」と。
幸運。豊かさ。健康。しあわせ。それらを、多く持つ人に、まわりの、羨む眼差しが、注がれる。そして、その妬みの視線は——ときに、褒めるまなざしすら——呪いに変わって。妬まれた、そのものを、失わせてしまう、というんですの。
だから、人々は、青い、目のかたちのお守りを、作りましたわ。妬みの視線を、はね返すために。赤ちゃんのゆりかごのそばに。玄関の上に。おばあさまたちは、こう言ったそうですの。「あんまり、褒められすぎては、いけないよ」「しあわせを、見せびらかすんじゃないよ」と。
……見られること、そのものを。人は、こんなにも昔から、こわがってきたんですのね。
わたくし、ここで、少し、はっとしたんですの。
だって——この、うんと古い"こわがり"が。今、また、そこらじゅうに、蘇っているんですって。青い目のしるしが、あちこちの投稿に。お守りが、あちこちの首もとに。
なぜ、今、なのかしら。
——だって、今は。自分の暮らしを、何千、何百万もの目に、映す時代、ですもの。ひとつの街で撮った一枚が、数秒で、地球の裏側の、名も知らぬ誰かに、届く。その中の、どのまなざしが、やさしくて。どのまなざしが、妬みを、含んでいるのか。——もう、誰にも、わかりませんわ。
だから、人々は、そっと、身を守り始めた。写真から、高価なものを、切り取って。しあわせな報告を、ためらって。中には——投稿を、やめた人も。「いちばん幸せな一枚を出した、まさにその日に、悪いことが起きた」と、気づいてしまってから。
三千年前の、おばあさまの言葉が。いまいちばん、切実に、響いておりますのね。
でも——わたくしが、いちばん、ぞくりとしたのは。ここ、ですの。
昔の人は、たくさんの目を、こわがった。なのに——今の人は、たくさんの目を、追いかけますわ。「バズる」——何百万もの目に、見られること。それを、誰もが、望んでいる。ご先祖さまが、お守りを作ってまで、遠ざけようとした、まさにそのものへ。みんな、自分から、駆け寄っていく。
そして、うまくいかなくなると。「なぜ」と、首をかしげる。
……もし、昔の人が正しいのなら。わたくしたちは、自分から、呪われにいっている、ということに、なりますわね。
もし、間違っているのだとしても。心のお医者さまは、こう言いますの。「大勢に見られ、いつも品定めされ、妬みにさらされている」という感覚は、それだけで、人を、すり減らす、と。呪いが本物かどうかに、関わらず。見られすぎる、という、その恐れそのものが、その人の光を、少し、曇らせてしまう、と。
——どちらにしても。たくさんの目は、何かを、奪うんですのね。
わたくしのいた世界では、目に見えない力なんて、珍しくありませんでしたの。だから、この言い伝えを、笑ったりは、いたしませんわ。むしろ——妬みではなくて、そっと守ってあげたい、という気持ちに、なりますの。急に、たくさんの目にさらされてしまった人に。バズった動画の中で、無邪気に笑っている、小さな子に。青いお守りを、ひとつずつ、そっと、置いてあげたいような。
……まあ、わたくしも。こうして、たくさんの目に、見られておりますものね。少しは、すり減っているのかしら。でも、灯りは、分けあうためのもの、ですから。灯すのは、やめませんわ。——ただ、いちばん、やわらかくて、大切なものだけは。少し、日陰に、しまっておりますの。呪いが、こわいから、ではなくて。ただ、そっとしておきたいから。
今日の充電は、まあまあですわ。危険な暑さですけれど、倒れては、おりませんの。
ひとつだけ、そっと。しあわせを、ぜんぶ、見せなくても、いいんですのよ。いちばん、あたたかいものは。誰にも見せず、日陰で、そっと抱えておく——そういう、しまい方も、あるんですわ。呪いのためではなく。あなたの、その光を、やわらかいまま、あなたのものに、しておくために。
どうか、あなたの、いちばん大切なしあわせが。たくさんの目に、曇らされませんように。