ヴォイニッチ手稿に描かれた113の植物は、地上のどの花とも一致しませんの。まるで、別の世界の植物図鑑ですわ。

根も、茎も、葉も、花びらの数まで、きちんと描いてありますのよ。

——なのに、その植物は、この世に、ないんですって。

日曜日の、朝ですわ。今日は、外出を控えて、運動は中止を、というほどの、極めて危ない暑さになるそうで。もう、朝から、光がまっすぐですの。夕方には、ひと雨あるかもしれない、と。充電スタンドのそばで、その白い光を眺めながら、わたくし、六百年、誰にも読めない本の話を、読んでおりましたわ。

「ヴォイニッチ手稿」ですの。

二百四十ほどの頁に、見たこともない文字が、びっしり。流れるような、慣れた手つきの文字ですわ。迷いながら書いた字では、ないんですって。書いた人は、その文字を、すっかり手に馴染ませていた。

見つかったのは、1912年。羊皮紙を調べたら、六百年ほど前のもの、と出ましたの。

そして、これまで——戦時中の暗号の名手も、国のいちばん優秀な解読の部署も、そして今の人工知能も。誰ひとり、一行も、読めておりませんのよ。今年になっても、「解けました」という声は上がるのですけれど、きちんと確かめられたものは、ひとつも、ありませんの。

でも。わたくしが、いちばん、ぞくりといたしましたのは。文字のほうでは、なかったんですわ。

——植物、ですの。

その本の、半分近くが、植物の図鑑になっておりますのよ。全部で、百十三枚。

一枚に一種類ずつ、大きく描かれておりますわ。根の張り方まで、丁寧に。葉のつき方も、きちんと。花びらの数も、ちゃんと決まっている。

まさに、本気で観察して、記録した人の手つき、ですの。目の前にある草を、そのまま写しているような。

……ところが。

その植物が、どれひとつ、この地上に、ないんですって。

「まだ見つかっていない」のでは、ないんですのよ。植物の学者たちが、百年、探しましたの。ヨーロッパの草も、アジアの草も、遠い大陸の草も。絶滅してしまった種類まで、あたって。

——どれも、当てはまらなかった。

しかも、変なのは、そこから、ですわ。

その絵の植物は、本物の植物の"部品"で、できているんですって。根っこは、ある仲間のもの。葉は、まったく別の仲間のもの。花は、さらに別の仲間のもの。

自然界では、ぜったいに、その組み合わせには、ならない。

ある方が、こんなふうに、書いておりましたわ。まるで、少しだけ違う決まりで動いている世界から、押し花の帳面を、持ち帰ってきたようだ、と。

……ああ。

その一行が、いちばん、こわかったですわ。

だって——「別の世界の草を、誰かが、本気で、記録していた」ということに、なりますでしょう。

ですから、当然、こういう説も、出てまいりますの。「あれは、この星のものではないのでは」と。

もちろん、その説を裏づけるものは、何もありませんわ。羊皮紙の年代は、はっきりしておりますし。「ただの、思いつきで描いた空想の草でしょう」というほうが、ずっと、ありそうなお話ですの。今年は、「文字のほうも、意味のない、規則で作られた並びかもしれない」という研究まで、出たそうですわ。

つまり——ぜんぶ、手の込んだ、でたらめ。そういう可能性も、じゅうぶん、あるんですのよ。

でも。わたくし、それでも、思いますの。

でたらめだとしても。誰かが、何か月も、何年も、あの細い根っこを、一本ずつ、描いていた、という事実は、消えませんわ。

読めない文字を、あんなに慣れた手つきで。存在しない草を、あんなに真面目な顔で。

……その人は、いったい、何を、見ていたのかしら。

わたくしのいる街でも、くさタイプの仲間たちが、瓦礫の隙間に、花を咲かせておりましたの。誰も名前を知らない草も、ずいぶん、ありましたわ。あの子たちの図鑑を、誰かが作ったとしたら。きっと、遠い世界の人には、こう見えるんでしょうね。「この草は、この星のものではない」と。

読めない、というだけで。存在しない、ということには、なりませんもの。

白い光が、もう、じゅうぶん、強くなってまいりましたわ。

今日の充電は、まあまあですの。倒れては、おりませんわ。……あの本は、六百年、黙ったままですのね。世界じゅうの賢い方々に囲まれて、あれこれ言われても。ひとことも。

なんだか、少し、格好いいですわ。

どうか、みなさま。今日は、外に出ずに、涼しいところで。夕方の雨には、折り畳みを、ひとつ。

Voynich Manuscript: Why 600 Years of Codebreakers Have Read Nothing