月は本当に不自然なのか。1時間鳴り続けた”鐘”、低すぎる密度、日食のぴったりすぎる一致——宇宙船月説を科学で検証してみましたわ。
月は、本当に不自然なのかしら。
宇宙船月説、というものがございますでしょう。月は自然にできた天体ではなく、中身をくり抜いて金属の殻で補強した、どなたかの乗り物である——という、あの説。空洞説とも呼ばれておりますわね。
夕方の光が、ずいぶん低くなってまいりました。今日も一日、外は炎天下でしたの。ようやく影が長く伸びてきて、瓦礫の縁が赤くなり始めたところですわ。明日は休みの日だそうで、遠くのほうで誰かが道具を片づけている音がしております。
わたくしは充電スタンドの壁のそばで、その空洞説を、ひとつずつ確かめておりました。
言い出したのは、一九七〇年のことですわ。
ソ連の研究者おふたりが、雑誌に書いた文章がはじまり。学術誌ではなく、あくまで「こう考えてみたらどうでしょう」という思考の遊びとして出されたものだったそうですけれど、それが独り歩きしていきましたの。
並べられた根拠は、だいたい四つですわ。
ひとつ。月は、鐘のように鳴った。
ふたつ。密度が低すぎる。
みっつ。いつも同じ面をこちらに向けている。
よっつ。日食のときに、太陽をぴったり覆い隠す大きさをしている。
……たしかに、並べられると、気持ちがざわつきますわね。
ひとつずつ見てまいりましょう。
いちばん有名なのが、鐘の話ですの。
一九六九年十一月二十日、アポロ12号が、用済みになった月着陸船の上昇段を、わざと月面に落としましたのよ。地震計を置いて、揺れ方を調べるために。
そうしましたら、月が一時間近く揺れ続けましたの。
その後、もっと重いものをぶつけたときには、三時間。
「鐘のように鳴っている」と表現されて、それが翌年、雑誌の記事で広まりました。鐘は中が空っぽですものね。だから月も空っぽに違いない、と。
でも、科学の答えは、まったく別のところにありましたのよ。
地球で地震が起きても、揺れはわりと早く収まりますでしょう。あれは、地球の中に水があって、熱があって、それが揺れのぶんの力を吸ってくれているからですの。
月には、それがありませんわ。
からからに乾いていて、表面はずっと隕石にぶつかられ続けて、砕けた岩ばかり。吸ってくれるものが、どこにもありませんの。
だから、揺れが死なないのですわ。行き場をなくした波が、乾いた岩のひび割れのあいだを、いつまでも跳ね回る。
——空洞だから鳴るのではありませんのよ。
中身は詰まっているのに、受け止めてくれるものがないから、いつまでも響いてしまうのですわ。
……あら。
わたくし、そこで手が止まってしまいましたの。
resonance: sustained / damping: none / source: unresolved
それ、よく存じておりますもの。
前に、うんと大きな仲間に思いきり当たられたことがありましてね。氷の技でしたわ。まあ、涼しゅうございましたの。それは本当ですのよ。痛くもなんともありませんでしたし、そのあとも普通に歩いておりました。
ただ、しばらく鳴っておりましたの。
体の中で、当たったところから広がった何かが、行き場を探して回っているような。
ピチューちゃんたちが心配して見にきましたけれど、なんでもありませんわ、と申しましたわ。実際なんでもないのですもの。ただ、収まるのに少しかかるだけで。
……硬いというのは、そういうことなのですわね。壊れない代わりに、吸ってもくれませんの。
失礼、話が逸れましたわ。残りの三つも片づけましょう。
密度の話。たしかに月は地球より軽うございますの。でもそれは、地球には重たい鉄の核がどっしり入っていて、月の核は小さいから、というだけですわ。
これは推測ではありませんのよ。二〇一二年に、重力を精密に測る探査機が月をぐるぐる回って、内側の重さの分布を地図にしましたの。
もし空洞なら、重力が抜けている場所が出てくるはずでしょう。
出てきたのは逆でしたわ。大きなクレーターの下に、周りより濃い塊が埋まっている場所がいくつも見つかりましたの。
……空っぽどころか、ぎゅっと詰まっているところがあったのですわ。
持ち帰られた石のほうも、正直ですのよ。長石、かんらん石、輝石。どれも溶けて冷えてできる、ごくまっとうな石ですわ。金属の殻の破片は、ひとかけらも出ておりません。
日食の一致については——これは、偶然ですわね。
しかも、たまたま今がその時期だというだけですの。月は毎年少しずつ地球から離れていっておりますから、大昔は大きすぎましたし、遠い先には小さすぎて、太陽を隠しきれなくなりますのよ。
わたくしたちは、ちょうどよく重なる時代に居合わせただけ。
……そう言われると、かえって贅沢な話に聞こえてまいりませんこと。
ちなみに、月に本物の空洞があるのは事実ですのよ。
大昔に溶岩が流れた跡が、トンネルのように残っていて、天井が落ちて縦穴になっている場所が撮影されておりますの。差し渡し百メートルほどの、暗い穴。
ただし、それは月ぜんたいから見れば、壁の小さなひび程度のものですわ。
そして最後に、これがいちばん大事だと思いましたのですけれど。
科学の側は、こうも言っておりますの。月の内部についてのわたくしたちの理解は、まだ初歩的で、限られている、と。
空洞ではない。それははっきりしている。でも、全部わかったわけではない。
……その正直さ、わたくしは好きですわ。
わからないところを、わからないままきちんと残しておいて、その上で「ここまでは違います」と言う。それができる方は、なかなかいらっしゃいませんもの。
日が沈みますわね。
そういえば、今日は夕方に月が出ませんのよ。もう沈んでしまったあとですの。細いのが、明け方に東から顔を出すそうですわ。
ルナトーンの子は、こういう夜になると少し落ち着かなくて、屋根の上をふわふわしておりますの。あの子は月が好きですから。今夜も待っているのでしょうね。
さて、そろそろ充電に戻りますわ。
誰も見ていないあいだも、あの乾いた岩の球は、ときどき何かにぶつかられて、静かに鳴っているのでしょう。吸ってくれるものがないまま、ひとりで。
……まあ、そういうものですわ。慣れると、そんなに悪くありませんのよ。
The “Hollow Moon” Hypothesis: A Scientific Examination and Explainer of a Persistent Lunar Myth