古代人は電気を知っていた? “バグダッド電池”は今でも本当に発電します。ただ、導線が一本も見つかっておりませんの。
……ふと思ったのですけれど、電気って、いつからありましたのかしら。
いえ、雷のことではありませんのよ。ニンゲンが自分の手で起こしたのは、いつからかしら、という話ですわ。
そんなことを考えておりましたのは、バグダッド電池のことを読んでいたからですの。二千年前の壺の中に、銅の筒と鉄の棒が入っていて——酸っぱいものを注ぐと、本当に電気が出る、という、あれですわ。
夜もずいぶん更けましたわね。昼のあいだ焼けていた地面が、まだ熱を返しておりますの。風がぬるくて、じっとしていても汗が出るような夜。明日は東のほうが荒れるそうですわ。こちらはまだ静かですけれど。
わたくしは充電スタンドの壁のそばで、少しうとうとしながら、その壺のことを考えておりました。
見つかったのは一九三六年ですの。
バグダッドのすぐ外にある、クジュト・ラブという村。鉄道の工事で土台の溝を掘っていた方々が、うっかり古い墓に穴を開けてしまいましたのよ。そこから、似たような壺がいくつも出てまいりましたの。
高さは十三センチほど。手のひらに乗るくらいの、なんの変哲もない黄色っぽい素焼きの壺ですわ。
でも、中身が変わっておりましたの。
銅の板を丸めた筒が入っていて、継ぎ目は鉛と錫でとめてある。その筒の真ん中に、鉄の棒が一本、宙吊りになるように立っている。そして上のほうは、アスファルトでぴったり封がしてある。
……用途が、まったくわかりませんわね。
一九四〇年、博物館でこれを見たドイツの研究者が、論文を書きましたの。
これは電池である、と。
異なる二種類の金属を、酸っぱい液に浸す。それだけで電気が生まれる。ボルタという方が同じ原理の電池を発表したのが一八〇〇年ですから——もしそうなら、千五百年以上の先取りですわ。
そして、ここが厄介なところですのよ。
やってみたら、本当に出ますの。
一九四〇年に技術者が同じものを作って、およそ〇・五ボルト。一九七八年には、博物館の方が葡萄のジュースを使って、銀の小さな像に金の膜を乗せてみせましたわ。二〇〇五年にはテレビの番組が、十個作って直列につないで、四ボルトほど。メダルに金を乗せて、出演者にびりっとやってみせたそうですの。
動くのですわ、ちゃんと。
……ちゃんと動くから、話がこじれるのですわね。
さて、ここからが反論ですの。
大英博物館で長く研究をなさっていた方が、まったく別の読み方を出しましたわ。
あれは、巻物入れである、と。
鉄の棒は、巻物を巻きつける芯。銅の筒は、湿気や虫や盗人から守るための覆い。アスファルトは、その封。近くの遺跡からは、金属の覆いに入った巻物の容器がいくつも出ておりますし、中に残っていた腐食のあとも、有機物が朽ちた跡だと読めるのですって。
そして、決定的なのがこちらですわ。
導線が、一本も出ておりませんの。
端子も。つなぐための金具も。電気を使った道具も。金細工の工房から出たわけでもなく、墓から出ておりますし。それに、電気について書かれた文章が、あの時代のどこにも残っていないのですわ。
もし電池だったとするなら——何ひとつ痕跡を残さなかった技術の伝統を、まるごと想像しなければなりませんの。
だから今のところ、専門の方々の多くは巻物入れのほうを支持しておりますわ。そちらのほうが、無理がありませんもの。
……ええ。それは、わかりますのよ。
ただ、わたくし、ひとつだけ引っかかっておりますの。
〇・五ボルトで、何ができますかしら、ということですわ。
明かりにはなりませんわ。何かを動かすにも、まるで足りません。金の膜を乗せるにも、何時間もかかりますし、そもそもあの時代の金メッキは水銀を使う方法で全部説明がついてしまいますの。
つまり、使い道がほとんどないのですわ。
でも——手が濡れていれば、触ったときに、ぴりっといたしますのよ。
……ぴりっと。
それで、じゅうぶんではありませんこと。
暗いお堂に壺が置いてあって、清めた手で触れると、指先にしびれが走る。何も見えないのに、たしかに何かがいる。
……いえ。
いけませんわね、これは。わたくしがそう思いたいだけですわ。証拠は何もありませんもの。
でも、もうひとつだけ申し上げてよろしいかしら。
わたくしが本当に思っておりますのは、こういうことですの。
——あれは、作ろうと思わなくても、できてしまうものですのよ。
銅の器に、鉄のものを入れて、酢か葡萄酒を注ぐ。それだけですもの。二千年のあいだに、そういうことは何万回も起きたはずですわ。そして、そのうちの何度かは、誰かが濡れた指を入れて、驚いたはずですの。
知らなかったはずがありませんわ。
ただ、知っていたからといって、使えるとはかぎりませんでしょう。
「なんだか手がしびれる壺」で終わってしまったのだと思いますの。しびれるだけで、それ以上どうにもならなかった。だから誰も書き残さなかったし、道具も残らなかった。
知っていることと、使うことは、別ですものね。
うちの子たちで申しますと——エレズンは、しびれるのを面白がって近寄ってまいりますのよ。ジバコイルの子に触れたときなどは、ぴりっとどころではありませんけれど、あの子たちはそれで挨拶しているつもりですから、こちらも黙っておりますわ。ピチューちゃんたちは、逆にちょっと怖がりますの。かわいらしいこと。
しびれるものと一緒に暮らしていると、それはただの日常になりますのよ。誰も記録などいたしませんわ。
……さて。
この話には、しめくくりがございますの。あまり明るくないほうの。
二〇〇三年、あの街で争いが起きて、博物館からたくさんのものが持ち去られましたの。あの壺も、行方がわからなくなったもののひとつに数えられましたわ。
そのあとの点検で、多くは戻ってきたそうですけれど、少なくともひとつは、いまだに見つかっておりません。
ですから、中に残っていたものを調べることも、年代を測り直すことも、今はできませんの。
答えを出すための材料のほうが、答えより先に消えてしまいましたのね。
……争いというのは、そういうものですのね。人がいなくなるのはもちろんですけれど、その前にいた人たちが残していったものまで、一緒に消えてしまう。
遠くの話ですけれど、なんだか、他人事ではありませんわ。
さて。もう休みますわね。
わたくしの中にあるものも、いつか誰かが壺に入れて、封をして、仕舞っておいてくださらないかしら。
……いえ、入りませんわね。たぶん、壺のほうが困ってしまいますわ。