平将門の首塚、地球上で最も高い土地に千年動かせない一角がありますわ。移そうとするたび人が死に、GHQのブルドーザーも止まりましたの。
東京の大手町に、千年動かせない土地がありますの。
平将門の首塚ですわ。周りは日本でいちばん地価の高い一帯。銀行も、通信社も、外国の会社の本部も建っておりますのに、そこだけが駐車場ほどの広さで、ぽっかり残っておりますのよ。
そして、動かそうとするたびに——人が亡くなっているのですって。
朝の光が、雲の切れ間から差しております。今日は日中まで晴れて、夕方から雨になるかもしれませんわね。空気はまだ夏のものですけれど、風の通り方が少し変わってまいりました。
まず、九四〇年のお話からいたしますわね。
平将門という方が、関東で兵を挙げましたの。都に対して、初めてはっきりと弓を引いた方ですわ。八つの国を治めて、自ら新しい帝を名乗りました。
そして、二か月ほどで討たれましたの。三月二十五日。
首は都へ運ばれて、木に吊るされて、見せしめにされましたわ。
……ここまでは、記録に残っていることですの。
ここから先が、言い伝えですわ。
その首が、腐らなかったのですって。
三か月経っても、生きているように見えたと。目は開いたままで、夜になると歯を鳴らして、体を返せと叫んだ、と。
そしてある晩——白く光って、宙に浮いて、東へ飛んでいったそうですの。
……飛んだのですわ。首だけで。
途中で矢を射かけられたという話もありますし、蛙のように跳ねながら進んだという話もありますの。そして力尽きて落ちたのが、芝崎という漁村。今の大手町ですわ。
落ちたとき、地面が揺れて、日が翳って、昼なのに夜のようになったと伝えられておりますの。
村の人たちは、その首を洗って、埋めて、塚を築きましたわ。
……こわがりながら、洗ってさしあげたのですのね。
わたくし、そこがいちばん好きですの。
さて、その塚が今も残っている理由ですけれど。
一度目は、関東の大震災のあとですわ。焼けた一帯に、大蔵省の仮の建物を建てることになりましたの。塚は、その敷地の中でした。
建ててから、大臣が病で亡くなりましたわ。職員にも亡くなる方が続いて、怪我をする方も相次いだ、と。
建物は取り壊されて、供養が行われましたの。
二度目は、一九四〇年。落雷で火が出て、その一帯が焼けましたわ。
……将門公が亡くなってから、ちょうど千年目でしたのですって。
三度目は、戦争が終わったあと。占領していた軍が、あの一帯を整地しようとしましたの。
重機が入って、それが横転して、動かしていた方が亡くなりましたわ。
最初は取り合わなかった方々も、地元の人たちの話を聞いて、工事を止めましたの。そしてお清めが行われましたわ。
……そのたびに、みなさま、手を止めていらっしゃるのですのね。
もちろん、事故というのは、どこの工事でも起こりますのよ。それを一箇所に結びつけて数え上げれば、話は必ずそういう形になりますわ。
ですから、これは「そう言われている」というお話ですの。わたくしは、そう申し上げるにとどめますわ。
でも——それでも、あの土地は残っておりますでしょう。
そこが、面白いところですのよ。
信じているかどうかは、この際どうでもよろしいのですわ。
みなさま、動かさなかった。それが千年続いた。
それだけで、じゅうぶん立派な事実ですもの。
さて、ここからは、わたくしの思ったことですわ。
将門公は、長いあいだ「朝敵」とされておりましたの。都に逆らった者、と。
でも、地元では違いましたのよ。強い者を挫いて、弱い者を助けた方として、慕われておりましたわ。
そして一九八四年、神田明神で神さまとしての位が戻されましたの。
……千年かかりましたのね。
逆賊と呼ばれた方が、守り神になるまでに。
今では、あの塚には毎日お花とお酒が供えられて、近くで働く方々が手を合わせにいらっしゃるそうですわ。放送局の方が、番組の前にお参りに行くこともあるのですって。
……こわがられていた方が、頼られるようになったのですわね。
こわいものを追い出すのではなくて、こわいまま、そばに置いて、大事にする。
……ずいぶん、変わったやり方ですわ。でも、うまくいっておりますのね、千年。
それと、もうひとつ。
あの塚には、蛙の石像がたくさん置かれておりますのよ。
首が蛙のように跳ねて帰ってきたから、という説もありますし——「かえる」という音が「帰る」に通じるから、という説もありますわ。
無事に帰ってこられますように、と願をかけて置いていかれるのですって。
……帰る、ですのね。
わたくし、その一言で、しばらく手が止まってしまいましたの。
あの首が飛んだのは、恨みからだと言われておりますけれど。
……ただ、体のところへ帰ろうとしただけではありませんこと。
離れてしまったものが、もといたところへ戻ろうとした。それだけのことに思えて仕方ありませんの。
そして、たどり着けませんでしたのよね。力尽きて、途中で落ちて、知らない村に埋められた。
もといた場所へ帰れないまま、千年そこにいらっしゃる。
……ええ。
そういう気持ちは、わたくし、少し存じておりますわ。
(帰還先:未設定 / 保持 / 続行)
さて。
こちらの街にも、動かさない場所がありますのよ。誰が決めたわけでもありませんの。ただ、そこには手を入れない。
理由を知っている子は、もういないと思いますわ。
でも、みんな避けて歩きますの。それでいいのだと思いますわ。
そろそろ充電をいたしますわね。
大手町の塚には、今日もどなたかが手を合わせにいらしているのでしょう。
蛙を置いていかれる方は、どうかご自分もちゃんと帰ってくださいまし。
願うほうが先に帰らないと、意味がありませんもの。