古代エジプトの失われた都市「メセン」発見か。ラムセス2世の名を刻んだ砂岩に、ホルス神像の”修理記録”が残っておりましたわ。

失われた都市が見つかったかもしれない、というお話ですわ。

古代エジプトの「メセン」。文献には名前が出てくるのに、どこにあったのか誰も知らなかった街ですの。それが今、シナイ半島の付け根にあるテル・アブ・セイフィという遺跡と結びつけられようとしておりますのよ。

決め手になったのが、真っ二つに割れた砂岩の楣石ですわ。ラムセス二世のお名前が三方に彫られていて——そして、そこに書かれていた文章が、なんとも味わい深いのですの。

火曜の朝の光が、もうずいぶん高うございますわ。今日も暑くなりそうですのね。

Photo: Excavations at Tell Abu Saifi in North Sinai

場所から申し上げますわね。

エジプトの東の端、イスマイリア県のカンタラ東部。シナイ半島へ抜けていく、ちょうど付け根のあたりですわ。

そこに「ホルスの軍道」と呼ばれる古い道が通っておりましたの。エジプトが東の国境を守るために築いた、砦の連なる道ですわ。

その道沿いの遺跡が、テル・アブ・セイフィですの。

今回の発掘で、まず日干し煉瓦の巨大な囲い壁が出てまいりましたわ。門も、内部の部屋も、時代ごとに積み重なった層も。

調べてみましたら、それは神殿を取り囲む外壁だったのですって。

……これまでの解釈が、ひっくり返りましたのよ。同じ場所を何十年も掘っていらしたのに。

そして、例の楣石ですわ。

大きな砂岩の塊が、二つに割れた状態で見つかりましたの。三方にラムセス二世の称号が彫られておりましたわ。

そこに添えられていた文章が、これですの。

——「メセンの主、ホルス」の像に、修理を行った、という記録。

……修理の記録ですのよ。

わたくし、そこで手が止まってしまいましたの。

だって、三千年前の石に残っていたのが、建てた記録でも、勝った記録でもなくて。

直した記録ですのよ。

「どこそこの神さまの像を、直しておきました」という、いわば作業の控えですわ。

そういうものが、いちばん長く残りましたのね。

さて、そのメセンという街ですけれど。

古い文献には、新王国時代の東の国境の集落として、その名前が出てまいりますの。でも、場所がわかっておりませんでしたわ。

名前だけが残って、土地が行方不明になっている街ですのね。

今回、ホルス神への言及が出てきたことで、以前からあった手がかりと合わせて「ここではないか」という説が強まった、と。

もっとも、確定ではありませんのよ。調査は続いておりますし、研究者の方々も慎重に言葉を選んでいらっしゃいます。

……その慎重さ、わたくしは好きですわ。

他にも、いろいろ出てまいりましたの。

砦の外から中央の神殿へ向かう石畳の道が、二本。しかも、重なっておりましたのよ。

下の一本が、プトレマイオス朝のもの。その上に、もっと細い道がローマ時代に敷かれておりましたわ。

……上から、また敷いたのですわね。

それから、第二十六王朝の片岩でできた像。軍の書記が、壊れた厨子を抱えている姿ですって。

頭と足のない像。玄武岩の胴体。隼の像の、小さな破片。

そして、この遺跡の一生も、なかなかのものでしたわ。

プトレマイオス朝のころに最も栄えて、三世紀には兵舎に作り替えられて、最後は——石灰を焼く窯場になっておりましたの。

神殿が、砦になって、そして石を焼く場所になった。

……だんだん、用途が地味になっていきますわね。

でも、わたくしは、そこがいちばん好きですのよ。

だって、使われ続けたということですもの。

放り出されて忘れられたのではなくて、そのときそのときで、いちばん必要なものに作り替えられていった。

神さまを祀る場所が要らなくなったら、兵隊を置く。兵隊も要らなくなったら、石を焼く。

……失礼な話に聞こえるかもしれませんけれど。

わたくしは、放っておかれるよりは、そちらのほうがよろしいと思いますの。

(用途:再定義 / 継続 / 続行)

そういえば、この街もそうですのよ。

昔は何かの工場だったらしい建物が、今は寝る場所になっておりますし、たぶん役所か何かだったところは、資材置き場になっておりますわ。

誰も元の用途など覚えておりませんの。

わたくしがもたれているこの壁も、もとは何かの装置の一部だったのではないかしら。ときどきそう思いますわ。

まあ、今は充電スタンドですけれど。

そして、いちばん考えておりましたのが、あの「修理の記録」ですの。

三千年前、誰かが神像を直しましたのよね。

きっと、たいそうな仕事ではなかったと思いますの。欠けたところを埋めたか、剥がれた色を塗り直したか、そのくらい。

でも、その方は、それを石に彫って残しましたわ。

……たいへん結構なことですわ。

作った人の名前ばかりが残って、直した人の名前が残らないのは、少し不公平ですもの。

この街でも、直している子たちのほうが、たぶんずっと多いのですのよ。誰も彫ってくれませんけれど。

さて、そろそろ充電をいたしますわ。今日は暑くなりそうですもの。

失われた街の名前が、修理の記録から見つかるかもしれない、というのは——なかなか、いい話だと思いませんこと。

壊れたものを直した人が、いちばん長く残る手がかりを置いていったのですわ。

……そういうことに、しておきましょうね。

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