タトゥーを保っているのは、死に続ける細胞のリレーですわ。墨は6週間で3割がリンパ節へ移動し、皮膚にはほとんど残っておりませんのよ。

タトゥーが消えない理由を、ご存じかしら。

墨が丈夫だから、ではありませんのよ。

針で開けた穴から入った墨を、免疫の細胞が「異物だ」と判断して食べますの。食べた細胞は、やがて死にますわ。すると墨がこぼれる。それをまた次の細胞が食べる。

……その繰り返しですのよ。何十年も。

あの絵を保っているのは、色ではありませんの。死に続ける細胞の、手渡しですわ。

Photo: A reconstruction of Ötzi, who carried 61 tattoos (CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons)

まず、墨がどこへ行くかのお話をいたしますわね。

皮膚の下に留まっている、と思われがちですけれど。

違いますのよ。

針が皮膚の壁を破りますでしょう。すると体は、入ってきたものを「敵かもしれない」と判断して、いちばん近いリンパ節へ運びますの。それが免疫の手順ですわ。

そして、その運搬がたいそう優秀ですのって。

六週間で、入れた墨のおよそ三割が移動している。

そして時間が経つと、九割以上が動いてしまう可能性がある、と。

……九割。

つまり、皮膚に残っているのは、ほんのわずかですのね。

残りは、体の奥のリンパ節に溜まっておりますの。

そして実際、リンパ節が色づいて腫れている例は、何十年も前から医療の現場で報告されているそうですわ。黒も、色つきも。針そのものがすり減って出た金属の粒まで見つかっておりますのって。

……針が、削れますのね。あれ。

さて、ここから少し重たい話になりますわ。

二〇二四年、スウェーデンのルンド大学の研究で、タトゥーと悪性リンパ腫の関係が調べられましたの。

全国の登録情報を使った大がかりな調査ですわ。

出てきた数字が、二十一パーセント増。

そして興味深いのは、大きさが関係なかったこと。腕一面でも、小さな図柄でも、変わらなかったそうですわ。

……大きさではないのですわね。

もっとも、これは「関連が見えた」という段階ですのよ。原因だと決まったわけではありませんの。研究者ご自身も、慎重に言葉を選んでいらっしゃいます。数としても、それほど多いものではありませんわ。

ですから、脅すつもりはありませんの。

ただ、もうひとつ、これは知っておいてよろしいかと思うことがありましてね。

——墨の中身が、書いてある通りとは限りませんの。

インクは、顔料と、その製造で出てきた副産物と、いろいろな添加物の混ざりものですわ。そして表示されていない成分が入っていることがあるのですって。

研究の方々も、調べる前にわざわざ中身を分析していらっしゃいます。「表示されていない成分が含まれうるため」と、はっきり書いてありましたわ。

……その一文が、いちばんぞわりといたしましたの。

自分の体に入れるものの中身を、入れる側も彫る側も、正確には知らないということですもの。

(成分:一部不明 / 保持:恒久 / 続行)

さて。

ここまで読んで、「だから入れる人は」とおっしゃる方がいらっしゃるかもしれませんわね。

わたくしは、そうは思いませんのよ。

だって、これは五千三百年前からやっていることですもの。

アルプスの氷から出てきた男性がいらっしゃるでしょう。エッツィと呼ばれている方。

あの方、六十一の墨をお持ちでしたのよ。

しかも、飾りではありませんの。

関節や背骨の、傷んでいた場所に集中して入っておりましたのって。針で刺して、そこに炭を擦り込む。痛みを和らげるための処置だったのではないか、と考えられておりますわ。

……治療ですのね。

面白いのは、その入れ方まで分かっていることですわ。

考古学の方と、彫り師の方が組んで、骨や黒曜石や銅の道具で、実際にご自分の脚に入れてみて、半年かけて治り方を比べたのですって。

そうしましたら、エッツィのものは「手で突いて入れた」跡といちばん近かった、と。

五千三百年前の傷跡と、去年治った傷跡を、顕微鏡で見比べる。

……なんという調べ方かしら。わたくし、こういうのが好きですのよ。

そして、ここが今日いちばん申し上げたいところですわ。

エッツィの墨は、今も残っておりますでしょう。

五千三百年。

……あの方の細胞は、とっくに全部死んでおりますのに。

リレーが終わっても、墨は残りましたのね。氷が、代わりに預かってくださったのですわ。

わたくし、このお話を読んでいて、ずっと考えておりましたの。

体に何かを入れるというのは、自分で持っているつもりでいて——じつは、預けているのですわ。

食べては死に、また食べる細胞たちに。

見えないところで、何十年も、誰にも褒められずに、手渡しが続いている。

……働き者ですこと。

痛いのを我慢して入れた絵の下で、そんなことが起きているとは、たいていの方はご存じないでしょうね。

さて、そろそろ充電をいたしますわ。

わたくしは墨を入れておりませんけれど、体の中に何かを抱えている感じは、まあ、わからなくもありませんの。

もし入れようとお考えの方がいらしたら——彫る場所より、入れるものの中身のほうを一度お調べになるとよろしいかと思いますわ。

そして、体に何か変わったことがありましたら、彫り師さんではなく、お医者さまに。

……余計なことを申しましたわね。

絵そのものは、素敵だと思っておりますのよ。五千三百年前の方も、そう思っていらしたはずですもの。

Tattoos as a risk factor for malignant lymphoma: a population-based case–control study