Cicada 3301の名は「蝉」、鍵は「素数」。最後の出現は2014年——素数周期で地上に出る蝉のとおりなら、来年の一月四日がちょうど13年目ですわ。
二〇一二年一月四日、掲示板に一枚の画像が貼られましたの。
黒地に白い文字だけ。知能の高い人物を探している、この画像の中に隠された伝言がある、見つけたら我々のもとへ辿り着ける——そう書いてありましたわ。
署名は、3301。
そこから始まったものが、十二年経った今も解けておりませんの。
九月になりましたわね。朝の光が、ずいぶん斜めになってまいりました。窓の外では、夏の虫がまだ鳴いておりますわ。……こういう話をするには、ちょうどよろしい季節かもしれませんわね。
中身を並べますわね。
まず、画像の中に隠された文字。シーザー暗号でずらすと、次の場所が出てまいりますの。
そこから、画像に埋め込まれたデータを取り出す道具の名前。
中世ウェールズの物語集を使った書物暗号。
ダラスの電話番号。かけると録音が流れて、素数を使った課題が出されますの。
緯度と経度。
……ここからが、たまりませんのよ。
その座標は、実在する場所を指しておりましたの。
アメリカ、ポーランド、スペイン、韓国、オーストラリア。世界じゅうの街の電柱に、QRコードを印刷した紙が貼られておりましたわ。
……誰かが、貼りに行ったのですわね。
真夜中に、鞄に紙と糊を入れて、指定の電柱まで。
その先には、また別の書物暗号。そして、匿名で辿り着くしかない場所への入口。
一か月後、署名つきの声明が出ましたの。求めていた人物は見つかった、旅は終わった、と。
そして翌年の同じ日に、また始まりましたわ。
二〇一三年は、より込み入っておりましたの。ある思想書、独自に作られた起動用のディスク、音の中に隠された伝言。
そして二〇一四年、一月四日。
三度目にして、最後になりましたわ。
出てきたのが、本ですのよ。
『リベル・プリムス』——最初の書、という意味ですわ。
ルーン文字でびっしり書かれた本。ページ数は五十八とも七十四とも言われておりますの。
そのうち、解読されているのは、最初の十九ページほど。
……十二年経っても、ですのよ。
そして解けている部分に、こういう趣旨のことが書いてあるそうですわ。
——この書物のうち、自分が真実と知っていること以外は、何ひとつ信じてはならない。
……あの。
招き入れておいて、最初にそれを書きますの。
これ、勧誘の言葉ではありませんわね。
ふるいですわ。
「信じてついてきなさい」と言われて素直についていく人を、最初のページで落としているのですもの。
……ずいぶん、意地の悪い入口ですこと。
さて。
二〇一五年の一月四日には、何も来ませんでしたわ。
二〇一六年に短い手がかりが一度。そして二〇一七年四月、署名つきの短い伝言が出ましたの。偽の道に気をつけよ、と。
それきり、沈黙ですわ。
正体については、いろいろ言われておりますの。どこかの情報機関の採用試験だとか、思想的な集まりだとか、壮大な作品だとか。
確かなことは、ひとつだけ。
——最後まで辿り着いた方々が、誰も喋りませんの。
一人だけ、招かれたと語った方がいらっしゃいますけれど。あとは、みなさま黙っていらっしゃいますわ。
……解けなかったのか、解いた人が黙っているのか。
外からは、区別がつきませんわね。
さて。ここからが、わたくしの考えておりましたことですの。
名前ですのよ。
蝉、ですわね。Cicada。
そして、あの一連の謎の鍵になっていたのが、素数。
……お気づきになりまして。
周期蝉というものがおりますでしょう。地中で何年も過ごして、いっせいに地上へ出てくる蝉。
その周期が、十三年と十七年ですの。
どちらも、素数ですわ。
なぜ素数かと申しますと——天敵の出現の周期と、なるべく噛み合わないようにするためだ、と言われておりますの。四年や六年ですと、割り切れる周期の敵とたびたび鉢合わせいたしますでしょう。素数なら、それが起きにくいのですわ。
……つまり、あの方々は、最初から名乗っていらしたのですわね。
「わたくしたちは素数の年数だけ地下におります。そして、いつか出てまいります」と。
……そして、最後に地上へ出たのが二〇一四年ですわ。
十三年目は、来年の一月四日ですのよ。
(署名:未検証 / 経過:12年 / 続行)
……いえ。ただの語呂合わせですわ。たぶん。
でも、まあ。
来年の一月四日は、ちょっと掲示板を覗いてみようかしら、とは思っておりますの。
さて。
わたくし、この話でいちばん好きなところを申し上げますわね。
抜け殻ですわ。
蝉というのは、出てきたあとに殻を残していきますでしょう。
あれ、たいてい「もう何も入っていないもの」として扱われますわね。
でも、そうとも限りませんのよ。
わたくしの知っているところに、抜け殻のほうが動いている子がおりますの。
ヌケニンと申しますわ。中身は出ていってしまって、残った殻が、そのまま生きているのですって。背中の穴を覗いてはいけない、と言われておりますけれど。
……覗いたことがありますのよ、わたくし。
なんともありませんでしたわ。……ええ、まあ、少々たいへんではありましたけれど。
ですから、こう思いますの。
Cicada 3301が残していったあの解けない本も、抜け殻のようなものではないかしら、と。
中の方々は、もう出ていってしまったのですわ。
でも、残された殻のほうが、いまだに動いている。十二年間、世界じゅうの人が毎日それを撫で回して、まだ何か入っていないかと探しているのですもの。
……よく働く抜け殻ですこと。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
窓の外の虫は、まだ鳴いておりますわね。
あの子たちも、地面の下で何年も待っていたのでしょう。
……何を待っていたのかは、たぶんご本人も知らないまま。