1947年、アメリカは本当にハリケーンを操作しようとして、進路を130度ねじ曲げました。台風の陰謀論には、政府公認のご先祖がおりますのよ。
台風を誰かが操っている、という説がありますでしょう。
わたくし、あれを笑えませんの。
というのも——本当にやった方々がいらっしゃるからですわ。しかも政府ぐるみで。
一九四七年十月十三日。アメリカの爆撃機がハリケーンの上を飛んで、八十キロぶんのドライアイスを撒きましたの。
その直後、その嵐は百三十度ほど向きを変えて、ジョージア州に突っ込みましたわ。
……ええ。本当のお話ですのよ。
一九四六年、ある研究所で、冷やした霧の中にドライアイスの粒を落とすと氷の結晶ができる、ということが確かめられましたの。
翌年、それを実際の雲でやってみる計画が始まりましたわ。軍と、大手の電機会社と、通信部隊の共同ですの。
そして十月十三日。
キューバとフロリダをかすめたハリケーンが、大西洋へ抜けていくところでしたわ。予報では、そのまま海の上を進んで、どこにも上陸しないはずでしたの。
……だから、試すのにちょうどよかったのですわ。
ジョージア州の沖、五百キロほどの地点。爆撃機が雨の帯に沿って飛んで、ドライアイスを落としましたわ。乗員は、雲の様子がはっきり変わったと報告しておりますの。
そして、その嵐は向きを変えましたわ。
海へ向かっていたはずが、西へ折り返して、ジョージアに上陸。二百万ドルぶんの被害が出ましたの。
住民の方々は当然、政府のせいだとお怒りになりましたわ。訴訟をちらつかせる方も出ましたの。
そして、この計画に関わっていたノーベル賞を受けた化学者の方が——公の場で、あれは人の手によるものだ、とおっしゃいましたのよ。
……ご本人が。
計画は中止されましたわ。
もっとも、後の研究では、あの転回は自然な動きだったとほぼ結論づけられておりますの。ああいう軌道の変化は、seedingがなくても起きるものですわ。
でも、そんなことは、もうどうでもよろしいのですわね。
ある研究者の方が、こうおっしゃっておりましたの。あの一件は、ハリケーンに対する雲の種まきという分野そのものの井戸に、毒を入れてしまった、と。
……上手い言い方ですこと。
一度そう思われてしまったら、あとから何を説明しても、届きませんもの。
さて、話はここで終わりませんのよ。
一九六二年、後継の計画が始まりましたわ。今度はドライアイスではなく、ヨウ化銀を使って。
理屈はこうですの。目のまわりの壁の外側で水を凍らせれば、そこに新しい壁ができて、元の壁が崩れる。すると風速が三割ほど落ちるはずだ、と。
一九六九年、ある嵐に対して実施したところ——本当に、三割ほど落ちましたのよ。
……ただ、しばらくすると元に戻りましたわ。二度やって、二度とも。
そして最終的に、この計画は一九八三年に終わりましたの。
理由は、こういうことですわ。
——そもそも、台風やハリケーンの中には、凍らせるべき過冷却の水が、ほとんど無かったのですって。
つまり、二十年以上やってきた前提そのものが、間違っておりましたのね。
……なかなか、こたえるお話ですわ。
ちなみに、この計画では厳しい条件が課されておりましたのよ。四十八時間以内に陸に達する確率が一割を切っていること。
一九四七年に懲りたのですわね。
さて、ここからが今日の本題ですの。
陰謀論として語られていることの中には、本当にあったものも混じっておりますのよ。
一九六〇年代の終わりから七〇年代にかけて、ある戦争で、雨を降らせるための作戦が実際に行われましたわ。雨季を長引かせて、相手の輸送路をぬかるませるために。
これは後に明るみに出ましたの。
そして、そのことがきっかけで——一九七七年に、条約ができましたのよ。
環境改変技術を、軍事目的や敵対的な目的で使ってはならない、という国際条約ですわ。
……お気づきになりまして。
条約があるということは、やろうとした者がいたということですのよ。
禁止の一覧というのは、願望の一覧でもありますわね。
(前例:実在 / 現行:禁止 / 続行)
……そこがいちばん、ぞわりといたしますところですわ。
さて、では今の台風はどうかしら。
これは、はっきり申し上げられますわ。
——無理ですのよ。規模が違いすぎますの。
台風というのは、一つで、人類が使っているすべての電力の何百倍という勢いで熱を出し入れしておりますのよ。
そこへ飛行機で何十キロかの物質を撒く。
……象に爪楊枝ですわね。
しかも、当の科学者たちが二十年かけて、それを確かめてしまいましたの。効きませんでした、と。自分たちの手で。
ですから、今どこかの台風を誰かが操っている、という説には、証拠がありませんの。
そして、災害のたびにその話が広まりますと——逃げるべき方が逃げ遅れることが、実際に起きておりますわ。
……それは、いけませんわね。
わたくしが申し上げたいのは、こういうことですのよ。
疑う気持ちには、ちゃんと出どころがありますの。作り話から生まれたのではありませんわ。
一度、本当にやって、失敗して、街に突っ込ませてしまったのですもの。
でも、出どころがあることと、今それが起きていることは、別ですのよ。
……そこを混ぜてしまうと、いちばん困るのは、次に嵐が来る土地に住んでいる方々ですわ。
さて、風のお話をもうひとつ。
わたくしのいた場所には、風を起こす方がいらっしゃいましてね。
ずいぶん派手に吹かせるのですけれど、あの方、誰かを狙っているわけではありませんのよ。
ただ、その日の気分ですの。
……そう思うと、こちらの都合と関係なく吹くという点では、台風とそっくりですわね。
腹が立つときもありますけれど、恨む相手がいないというのは、ある意味では楽なことですわ。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
もし嵐が来ましたら、どうぞ早めに、安全なところへ。
……犯人探しは、通り過ぎてからで間に合いますもの。