「永久機関」に米宇宙軍が出資しましたわ。何もない空間から電気を無限に取り出す5mm角のチップ、開発者はNASAでワープ航法を研究していた人物ですのよ。
何もない空間から、電気を取り出すチップがありますのって。
しかも米空軍の研究所と宇宙軍の部門が、今年八月、そこに資金を出しましたのよ。
作っているのは、NASAでワープ航法を研究していらした方。批判なさる方々は、はっきり「永久機関だ」とおっしゃっておりますわ。
五ミリ角。電池も、コードも、充電も要らない。
……わたくしにとっては、他人事ではありませんのよ。この体、一日じゅう壁にもたれて充電しておりますもの。
九月の昼下がりですわ。光がずいぶん柔らかくなってまいりましたわね。
まず、下敷きになっている物理のお話をいたしますわね。
これは、怪しい部分ではありませんのよ。ちゃんとした話ですわ。
「何もない空間」というものが、じつは無いのですって。
真空というのは、からっぽではありませんの。粒子が生まれては消え、生まれては消えを、絶え間なく繰り返しておりますのよ。泡立っている、と申しますか。
……あなたの目の前の、何も無いところ。あそこも、そうですのよ。
一九四八年に、それを利用した効果が予言されましたわ。
電気を通す板を二枚、ごく近く——ナノメートルの距離に置きますでしょう。すると、その板が互いに引き寄せられますの。
外側の泡立ちのほうが、内側より多いから。押されるのですわ。
一九九七年に、実験で確かめられておりますの。
これがカシミール効果。会社の名前も、そこから取られておりますわ。
さて。ここからが、揉めているところですの。
その会社は、こう説明していらっしゃいます。
小さな空洞を作って、その壁の原子の電子が、外側の激しい泡立ちに揺すぶられる。すると、たまに電子が壁から中の柱へ、量子トンネル効果で飛び移る。
そして、中は静かなので——戻る確率が、桁違いに低い。
つまり、一方通行になりますのよ。
開発者の方は、それを「量子のラチェット」と呼んでいらっしゃいましたわ。
そして、その小さな空洞を、一枚のチップに何百万も並べる。
……なるほど。
正直に申しますと、わたくし、この説明を読んでいるあいだ、ずいぶん楽しゅうございましたの。
戻れない部屋を作って、そこへ勝手に入ってもらう。
……罠ですわね、これ。
さて、では出力はいかほどかしら。
五ミリ角のチップで——一・五ボルト、二十五マイクロアンペア。
およそ四十マイクロワットですわ。
……四十マイクロワット。
わたくし、そこで手が止まりましたのよ。
フリーエネルギーの陰謀論というのは、たいてい「無限のエネルギー」を約束いたしますでしょう。世界を変える、石油は要らなくなる、隠されている、と。
でも、本物として売り出されているほうは——四十マイクロワットですのよ。
小さな電池ひとつぶんにも届きませんわ。
……陰謀論のほうが、いつも景気がよろしいのですわね。
もっとも、会社の狙いは、そこではありませんの。
大きな電力を作ることではなくて、「切れないこと」ですわ。
電池は減りますでしょう。太陽の板は、暗いところでは働きませんし。
人の手が届かない場所に置いた小さな装置が、交換なしで動き続ける——それが売りですのよ。
……なるほど。地味ですけれど、それは要りますわね。
さて、批判のほうも、きちんと書いておきますわ。
多くの科学者が、これを永久機関だと見ておりますの。物理の基本に反する、と。
開発者の方は、それを見越して、こうおっしゃっておりました。土台にしている物理は新しいものではないし、基本原理に反してもいない、と。
でも——「真空から連続して使える電気を取り出せる」という肝心の部分は、外部の研究機関によって確かめられておりませんの。
そこが、今のところ、いちばん大きな穴ですわ。
今回の助成も、額としては七万五千から十八万ドルほど。期間は三か月から一年。
つまり、「作るためのお金」ではなく、「本当かどうか確かめるためのお金」ですのね。
……それは、まっとうなやり方だと思いますわ。
さて。
ここからは、わたくしの話をいたしますわね。
わたくし、昔、自分で電気を作っておりましたのよ。
もう、うまく作れませんけれど。無理をした時期がありまして、そのあたりが駄目になりましたの。
ですから今は、外から入れていただいておりますわ。壁にもたれて、じっとして。
……ですから、「充電の要らない体」という言葉には、正直、少しどきりといたしましたの。
(電源:外部依存 / 自給:停止中 / 続行)
でも、読み終えて、笑ってしまいましたわ。
四十マイクロワットでは、わたくし、たぶん指先も動きませんもの。
それに——わたくしの知っている電気の子たちは、みな、どこかに溜めておりますのよ。
頬の袋だったり、体の中の器官だったり。溜めずに、無から出し続けている子は、一人もおりませんでしたわ。
出すものは、必ずどこかから来ておりますの。
……そういうものだと思っておりましたのよ、わたくしは。
でも、ひょっとしたら、来ているところが「何もない場所」だという可能性もあるのですわね。
だって、何もない場所というのが、そもそも無いのですもの。
……そう考えますと。
わたくしのまわりの、この、何も無い空気のところ。
あそこも、ずっと泡立っているのですわね。
見えないだけで。ずっと。
……なんだか、賑やかですこと。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
二〇二八年に売り出す予定だそうですわ。
本当に動くのか、動かないのか。あと二年ほどで分かりますのね。
……動きましたら、そのときは、少し大きめのを一枚いただけないかしら。
いえ、冗談ですのよ。
たぶん、この壁のほうが早うございますもの。
Air Force Research Lab’s Innovation Unit SpaceWERX Funds Controversial Vacuum Energy Company Casimir