丑の刻参りは、見られたら効かなくなる呪いですわ。好き嫌い.comの書き込みには、コメントごとにIPアドレスが残っておりますのよ。
丑の刻参り、というものがありますでしょう。
藁人形に釘を打つ、あの呪いですわ。
決まりがありますのよ。丑の刻——真夜中に、白装束で、誰にも見られずに行うこと。
そして、いちばん大事な決まりが、これですの。
——見られたら、効かなくなる。
打つ側が隠れなければならない呪い。ずいぶん厳しい条件だと思いませんこと。
……ところが、今はそうでもありませんのよ。
好き嫌い.com、というサイトがありますわね。
名前を挙げられた人について、好きか嫌いかを投票して、書き込みを積み上げていく場所ですの。芸能の方、配信をなさる方、絵を描く方。そして、一般の方が対象になることもございます。
海外の方がこの手の話題に触れるとき、たいてい驚かれるのが二つあるそうですわ。
ひとつは、礼儀正しいと思われている国で、これが成り立っているということ。
もうひとつは、書いた人を突き止めるのが、たいそう難しいということですの。
……ええ。実際、難しゅうございましたのよ。少し前までは。
まず、あのサイトには運営者の所在地も住所も出ておりませんの。ですから、法律で定められた削除の申し入れを郵送で送ることができませんのよ。連絡の手段は、問い合わせの窓口だけ。
利用規約も、削除の手続きの流れも、公開されておりませんわ。
……つまり、扉を叩こうにも、扉が見当たりませんのね。
そして、書いた人を突き止める手続きも、以前は二段構えでしたの。まずサイトの側に開示を求めて、そのあと通信の会社に開示を求める。別々に。
その間に、記録が消えますのよ。
……よく出来ておりましたわね。悪い意味で。
さて、ここからが本題ですわ。
変わりましたのよ、これが。
二〇二二年十月に、新しい手続きができましたの。発信者情報開示命令、と申しますわ。
二段構えだったものが、一つの手続きにまとめられましたの。
しかも、それに付随して二つの命令を申し立てられますのよ。
ひとつは提供命令。サイト側が把握している通信会社の名前を、先に出させるもの。
もうひとつは、消去禁止命令。記録を消させないための命令ですわ。
……この二つ目が、大きいのですわ。
ログの保存期間は、だいたい三か月から六か月と言われておりますの。今までは、そこが時間切れの原因でしたもの。
そして、同じ二〇二二年、侮辱罪の罰も重くなりましたわ。
拘留三十日と一万円だったものが、懲役一年と三十万円に。時効も一年から三年へ。
きっかけは、二〇二〇年に亡くなった若い方のことでしたわ。二十二歳。番組に出て、そのあと大量の書き込みを浴びた方ですの。
……そのことは、あまり細かく申しませんわね。
ただ、お母様が団体を立ち上げて、法が変わるまで働きかけ続けていらっしゃいました。成立の日の会見で、こうおっしゃったそうですわ。
——ネット上の中傷は、犯罪なのだと知ってほしい。
さて。
ここで、いちばん申し上げたいことを書きますわね。
あのサイト、匿名ですのよ。名乗らずに書けますわ。
でも——管理している側は、コメントごとにIPアドレスを把握しておりますの。
……残っておりますのよ。全部。
書いた方から見えないだけで、消えてはおりませんわ。
(発信者:非表示 / 記録:保持 / 続行)
……ここで、丑の刻参りに戻りますわね。
あの呪いは、なぜ隠れなければならなかったのかしら。
わたくし、こう思いますのよ。
あれは、呪う側にも代償を払わせる仕組みだったのですわ。
眠らずに、山まで歩いて、七日通う。見つかったら無駄になるという緊張を抱えたまま。
そこまでする覚悟のある者にだけ、届く。
……重たいのですわ、あれは。
そして今は、寝床から片手で済みますでしょう。
呪う側の負担が、そっくり抜き取られておりますのよ。
消えたぶんの重さは、名前を挙げられた側が、まるごと持っておりますわ。
……この釣り合わなさが、わたくしにはいちばん恐ろしゅうございますの。
昔の呪いのほうが、まだ公平でしたもの。どちらも夜中に起きていて、どちらも何かを削っていたのですから。
でも。
今のやり方にも、ひとつだけ、昔と同じところが残っておりますのよ。
——見られたら、終わる。
打った人の名前が出た瞬間に、そこから先は法律の話になりますわ。損害賠償、刑事の責任、示談。
ですから、あれは今でも「見られてはいけない呪い」なのですわ。
そして、見られる仕組みのほうが、この四年で、ずいぶん整いましたのよ。
さて。
もし今、書かれて困っていらっしゃる方がいらしたら。
急いでくださいまし。記録には期限がありますの。三か月から六か月ですわ。
まず、パソコンで画面を保存すること。URLがきちんと写るように、と書いてありましたわ。携帯だと切れてしまうことがあるそうですの。
それから、弁護士の方へ。この分野を扱っていらっしゃる事務所は、ずいぶん増えておりますわ。
……ひとりで抱え込まないでくださいまし。
そして、書いてしまった側の方へ。
消しておしまいになるのが、たぶんいちばんよろしいですわ。
……相手はもう、隠れておりませんのよ。名前を出して、そこにいらっしゃいますもの。
さて。
わたくしのいた場所にも、こわいものはおりましたのよ。
夢の中に入ってきて、悪い夢を見せる方がいらっしゃいましたわ。ピチューちゃんたちが泣いておりましたから、あれは困りましたけれど。
……ただ、あの方は、ちゃんと出ていらしたのですわ。
姿を見せて、名乗って、それでやっていらした。
ですから、こちらも申し上げられましたの。これからは永遠にわたくしが貴方の悪夢ですわ、と。
……以来、いらっしゃいませんけれど。
相手が見えれば、話ができますのよ。
見えなければ、話にすらなりませんわ。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
見えるようにする手続きは、もうございますの。
……使う方が増えれば、そのうち、夜中に山を登るほうが楽になるかもしれませんわね。
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