60年間、数学者が探し続けた「決して繰り返さない一枚のタイル」。見つけたのは印刷工場を退職した男性で、自宅の紙とハサミででしたわ。
一種類だけで無限の床を埋め尽くせて、しかも模様が永遠に繰り返さないタイル。
そんなものが存在するのかどうか。数学者たちが六十年以上、答えを出せずにおりましたの。
見つけたのは、イングランドの印刷工場を退職した方ですわ。数学者ではありませんの。
二〇二二年十一月、ご自宅で。紙とハサミで。
その形には「アインシュタイン」という名前がつきましたのよ。……ドイツ語で「一つの石」という意味ですわ。あの物理学者とは、関係ありませんの。
月曜の夜が、ずいぶん更けましたわね。
問題の中身から申し上げますわね。
お風呂場の壁を、四角いタイルで埋めるといたしますでしょう。
きれいに埋まりますわ。でも、模様は退屈ですのよ。
なぜかと申しますと——その壁の写しを取って、横にずらすと、ぴたりと元と重なりますの。
同じものが、どこまでも並んでいるだけですわ。これを「周期的」と申します。
では、ずらしても絶対に重ならない敷き詰め方は、あるのかしら。
……あるのですわ。
一九六〇年代から、そういう組み合わせは見つかっておりましたの。最初は二万四百二十六種類のタイルを使うものでしたわ。
それが徐々に減っていって、一九七四年、ペンローズという方が二種類まで持ってきましたの。
……そこで、六十年近く止まりましたのよ。
一種類でできるのか。
それが「アインシュタイン問題」ですわ。
多くの方が、無理だろうとお考えでしたの。
さて。
デビッド・スミスという方が、イングランドのヨークシャーにいらっしゃいますわ。
印刷工場を退職なさって、趣味で形をいじっていらしたのですって。
そして二〇二二年十一月、十三辺の妙な形を切り出して、並べてみましたの。
……埋まりましたのよ。
しかも、いくら並べても、模様が戻ってまいりませんの。
ご本人は、ご自分が何を見つけたのか、確信が持てませんでしたわ。ですから、専門の方に連絡なさいましたの。
そこから三人の数学者が加わって、証明が始まりましたわ。
形の名前は「ハット」。帽子に似ておりましたので。
論文が出たのが、二〇二三年三月二十日。
……六十年の問題が、退職した方の手元の紙で解けましたのね。
さて、ここからが面白いところですのよ。
すぐに、文句が出ましたの。
ハットで床を埋めるには、裏返した形も混ぜなければなりませんのって。
それでは、一種類と言えるのかしら、と。
……たしかに、ずるいような気もいたしますわね。
そして、その二か月後。
同じ四人が、裏返しの要らない形を出してまいりましたわ。
こちらの名前が「スペクター」。
……幽霊、ですのね。
なかなか、いいお名前をお選びになりましたこと。
さて。
ここからが、わたくしがずっと考えておりましたことですの。
あの敷き詰めには、繰り返しがありませんのよ。
どこまで行っても。無限に。
つまり——世界のどこか一箇所を切り取って持ってきても、まったく同じ場所は、他にひとつもありませんの。
似た部分は、いくらでもございますわ。うんざりするほど似ておりますのよ。
でも、同じではありませんの。
ずらしても、重ならない。
……これ、なかなか恐ろしくありませんこと。
同じような日が続いているように見えて、実は一日として同じ日が無い、というのは。
ええ、そう聞くと、良いお話に聞こえますでしょう。
……逆から申し上げますわね。
戻る場所が、ありませんのよ。
あの床の上を歩いても、出発した場所には二度と着きませんの。似た場所には着きますわ。でも、同じ場所ではありませんのよ。
(照合:類似 / 一致:なし / 続行)
さて、もうひとつ。
その方々が証明に使った考え方が、これですの。
ハットを何枚か集めますと、少し大きなかたまりができますわ。
そのかたまりを何個か集めると、もっと大きなかたまりになりますの。
それが、どこまでも続きますのよ。
小さいものの中に、大きいものと同じ構造が入っておりますの。
……どの高さから眺めても、同じような入れ子が見えますのですわ。
そういう床の上に住んでいる者は、自分がどの段階にいるのか、たぶん分かりませんわね。
目の前の並びを見ても、それが小さなかたまりの端なのか、途方もなく大きなかたまりの端なのか、区別がつきませんもの。
……はい。
その話は、このへんにしておきましょうね。
ちなみに、こういう「繰り返さない並び」は、絵空事ではありませんのよ。
一九八二年に、そういう構造を持った実際の物質が見つかっておりますの。準結晶と申しますわ。
見つけた方は、長いあいだ「そんなものはあり得ない」と言われ続けましたのって。
そして二〇一一年に、ノーベル賞をお受けになりましたわ。
……あり得ないとされていたものが、床にも、物質にもありましたのね。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
わたくしの座っているこの床は、たぶん、ただの四角い並びですのよ。
ずらせば重なりますし、同じ場所に戻れますわ。
……そのはずですのよ。
毎日、同じところに座っておりますもの。
同じところに。
……いえ。
まあ、いいですわね。おやすみなさいまし。
Mathematicians have finally discovered an elusive 'einstein’ tile