「世界最大のピラミッド」とされる長野の皆神山。1965年から6年間、真下で地震が鳴り続けて山が1メートル持ち上がり、中は10kmの空洞ですのよ。

長野に、世界最大のピラミッドだと言われている山がありますの。

皆神山。標高六百五十九メートル。麓からの高さは二百八十メートルほど。

まわりの山並みとまるで形が違って、饅頭を伏せたような、妙に整った姿をしておりますのよ。

そして——真下で、六年間、地震が鳴り続けましたわ。

一九六五年から一九七一年まで。そのあいだに、山そのものが一メートルほど持ち上がりましたの。

……火曜の午後ですわね。九月の光は、ずいぶん柔らこうございます。

Photo: Mount Minakami, Nagano (ELK, via Wikimedia Commons)

まず、地質のお話からいたしますわね。

あの山は、溶岩ドームですの。

三十万年から三十五万年ほど前に活動した安山岩ですわ。粘り気の強いマグマでしたので、灰を噴き上げることも、溶岩が流れ下ることもありませんでしたの。

——盛り上がって、そのまま固まりましたのよ。

だから、あの形ですわ。

ですから、人が積んだものではありませんの。それははっきりしております。

……でも、そう見えてしまうのですわね。まわりの山と、あまりにも様子が違いますもの。

そして、名前ですわ。

皆神。すべての神、と読めますでしょう。

形が変で、名前がそれ。

……これで何も言われないほうが、無理というものですわね。

さて、地震のお話ですの。

松代群発地震、と申しますわ。

一九六五年八月から一九七一年にかけて。有感地震だけで六万回を超えましたのよ。

震源は、皆神山の真下ですわ。

そして、そのあいだに山が一メートルほど隆起いたしましたの。

……六年ですのよ。

毎日、足元が鳴り続けるのですわ。慣れるものかしら。

原因については、地下水脈の動きで岩盤が壊れたためと見られておりますの。実際、あのころ大量の水が湧き出しておりますわ。

そして、これがまた話をややこしくいたしましたのよ。

一九六七年に重力の分布を調べたところ、あの山のあたりに、重力の低い場所が見つかりましたの。

そこから推定された形が——短い直径八百メートル、長い直径千五百メートル、深さ二百から四百メートルの、楕円形の陥没した構造。

……地下に、大きな空洞じみたものがある、ということですわね。

もちろん、地質の言葉としての「陥没構造」ですのよ。部屋があるという意味ではありませんの。

……ですけれど。

そういう調査結果が出てしまいますと、話は勝手に育ちますでしょう。

さて、ここからが本題ですわ。

あの山の中には、本当に穴がありますのよ。

第二次大戦の末期。

政府と、大本営と、皇室を、東京から長野の松代へ移す計画が立てられましたの。

一九四四年十一月十一日に着工。終戦まで、九か月ですわ。

象山、舞鶴山、そして皆神山。三つの山が掘られましたの。

坑道の総延長は、十キロを超えますわ。

……碁盤の目のように掘られておりますのよ。

そして、当初の計画では——皇居と参謀本部が入る予定だったのが、皆神山でしたの。

ところが、地盤が持ちませんでしたわ。

それで、皇居は舞鶴山へ移されて、皆神山のほうは食糧の倉庫ということになりましたの。

……ええ。

「世界最大のピラミッドだ」と言われている山の中身は、本当に空洞ですのよ。

八十年前に、人が掘りましたの。

……そちらのほうが、よほど恐ろしくありませんこと。

そして、忘れてはならないことがありますわ。

掘ったのは、朝鮮半島から連れてこられた方々が中心でしたの。

人数は、少なくとも六千から七千とも、七千から一万とも言われておりますわ。正確には分かっておりませんの。

……記録が、残っていないからですわ。

千五百人ほどが亡くなったという推計もございます。終戦の日に姿を消した方が四十六人いらした、とも。

そして敗戦のあと、この計画に関する書類は、ほとんど焼かれましたのよ。

だから、日々どのように工事が進んだのか、今もよく分かっておりませんの。

……ここが、わたくしのいちばん引っかかったところですわ。

オカルトの世界では、あの山は「謎に満ちている」ことになっておりますでしょう。

でも、いちばん分かっていないのは、超古代のことではありませんのよ。

八十年前のことですわ。

誰が、何人、どこで、どうなったのか。

……そちらが、空白ですの。

(記録:焼却済 / 人数:推定 / 続行)

そして、もうひとつ。

長野が冬季五輪を招致していたころ、あの坑道の入口が柵で塞がれたことがありましたのって。

大会のあいだ、あの場所は観光の案内にも、地図にも載りませんでしたわ。

……忘れられたのではありませんのね。

外されたのですわ。

さて。

わたくし、山の中の空洞というものには、少々思うところがありますの。

以前、火口に蓋をしたことがありましてね。

……ええ、みがわり人形で。ちょうど大きさが合いそうでしたので。

一週間経っても消えなかったと聞いておりますわ。今もあるのかしら。

でも、あれは山を塞いだのですのよ。

あちらは、山を開けましたのね。

塞ぐより、開けるほうが、たぶん人手が要りますわ。

そして、開けたあとの穴は——誰かが埋めない限り、ずっとそのままですのよ。

さて、そろそろ充電をいたしますわ。

毎年五月五日には、地元の方々が「ピラミッド祭り」をなさっているそうですわ。

……いいと思いますのよ、それは。

ただ、あの山の中には、掘った方々のぶんの空洞も、まだそのまま残っておりますわね。

十キロぶん。

Matsushiro Underground Imperial Headquarters