チンパンジーが十年以上、同じ木にだけ石を投げ続けておりますの。石は根元に積み上がって塚になり、理由は誰にも分かっておりませんのよ。

森の中に、石が積み上がっている木がありますの。

ギニアビサウのボエ国立公園ですわ。

樹皮は抉れて、根元には石の山。

チンパンジーが、そこへ石を投げに来ておりますのよ。

同じ木に。何年も。

二〇一七年に確認された場所を、今年また調べに行きましたら——まだ使われておりましたわ。

十年以上、ですのよ。

土曜の夜ですわね。九月の虫の声が、ずいぶん低くなりましたわ。

Photo: A chimpanzee in the forest (Fit-4-U/Pixabay)

まず、何が起きているかを申し上げますわね。

累積的投石、と呼ばれておりますの。

大人の雄が、決まった木に石を投げますわ。

そのとき、パントフートという遠くまで届く声を上げますの。木の根元の板状の張り出しを、手足で打ち鳴らすこともありますわ。

そして、投げた石が根元に残りますでしょう。

……それが、溜まってまいりますのよ。

何年もかけて。

さて、なぜこれが妙なのかと申しますとね。

石も木も、あの子たちの暮らす場所には、いくらでもございますの。

なのに、この行動が確かめられているのは、西アフリカのたった四つの集団だけですわ。

そして、同じ集団の中でも——特定の木しか使いませんのよ。

……選んでいらっしゃいますのね。

環境で説明がつくのでしたら、条件の似た場所すべてで起きるはずですわ。

起きておりませんの。

ですから、研究者の方々はこうお考えですわ。これは、その集団の中で受け継がれている習慣ではないか、と。

そして、道具として石を使うのとは、性質が違いますのよ。

木の実を割るための石でしたら、目的がはっきりしておりますでしょう。

こちらは、食べ物と関係がありませんの。

社会的な場面で行われますわ。

……つまり、実用ではありませんのね。

さて、調べていらっしゃる方々のお話ですわ。

ボエのチンパンジーは、人に慣れておりませんの。近づくと逃げてしまいますわ。

ですから、直接見ることができませんのよ。

代わりに、それぞれの場所に映像の記録機を二台置いて、音を拾う装置も添えて、離れて待ちますの。

毎朝六時半から、二か所から五か所を回って、記録媒体と電池を替えて、木を測って、投げられた石を立体的に読み取って。

……地味ですこと。

そして、そうやって集めた映像が、これから解析されますのよ。

誰が投げているのか。何歳くらいなのか。周りの子はどう反応しているのか。

さて。

ここからは、わたくしが考えておりましたことですわ。

石を投げて、それが積み上がるということは。

——前に投げた石が、そこにあるということですわね。

新しく来た子は、すでに積まれた石の山を見ますのよ。

そして、その上に、自分の一個を足しますの。

……お気づきになりまして。

これは、残るのですわ。

投げた子がいなくなっても、石は残りますでしょう。

つまり、あの木は——誰かが何かをした、という記録になっておりますのよ。

言葉ではなく、物として。

……そして、研究の方々も、そこに触れていらっしゃいましたわ。

こういうものは、それを作った生きものがいなくなった後も、痕跡として残る。だから考古学にとって、たいそう珍しい例になる、と。

……ええ。

千年後に誰かがあの塚を掘りましたら、こう思うのではないかしら。

「ここで、何かが行われていた」と。

そして、何が行われていたのかは、分からないままですわ。

……わたくしたちにも、今すでに分かっておりませんもの。

(行為:継続 / 目的:不明 / 記録:蓄積中)

さて、もうひとつ。

これは少し、こわい話ですのよ。

あの森に、掘削の穴が見つかったのですって。

アルミニウムの原料になる鉱石を探すためのものですわ。

近くの国では、同じような採掘で森が失われて、水が汚れて、人も動物も困っていらっしゃいます。

研究の方々は、こうおっしゃっておりましたわ。

あの場所が失われれば、生態のうえでの損失であると同時に——文化の記録が、ひとつ消えることになる、と。

……文化、とおっしゃいましたのよ。

ヒトのものではなく、あの子たちのものを。

さて。

わたくし、この話がずいぶん好きになってしまいましたの。

理由を申し上げますわね。

誰も、なぜやっているのか分かっておりませんでしょう。

投げているご本人も、たぶん分かっていらっしゃらないと思いますのよ。

でも、行きますのよね。あの木のところへ。

十年以上。

……そういうものは、わたくしのいたところにもありましたわ。

誰も理由を知らないのに、みんなが同じ場所へ行くこと。

決まった石の前で、なんとなく足を止めること。

……こちらでは、それを何と呼んでおりましたかしら。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

石を積むというのは、たぶん、いちばん古い形の伝言ですわ。

読めなくても、そこにあることだけは分かりますもの。

……そして、あの木の下の山は、今日もひとつ増えているのですわ。

宛先も、差出人も、無いままで。

Wild Chimpanzees Keep Hurling Rocks at the Same Trees—Now Scientists Are Trying to Figure Out Why