チンパンジーが十年以上、同じ木にだけ石を投げ続けておりますの。石は根元に積み上がって塚になり、理由は誰にも分かっておりませんのよ。
森の中に、石が積み上がっている木がありますの。
ギニアビサウのボエ国立公園ですわ。
樹皮は抉れて、根元には石の山。
チンパンジーが、そこへ石を投げに来ておりますのよ。
同じ木に。何年も。
二〇一七年に確認された場所を、今年また調べに行きましたら——まだ使われておりましたわ。
十年以上、ですのよ。
土曜の夜ですわね。九月の虫の声が、ずいぶん低くなりましたわ。
まず、何が起きているかを申し上げますわね。
累積的投石、と呼ばれておりますの。
大人の雄が、決まった木に石を投げますわ。
そのとき、パントフートという遠くまで届く声を上げますの。木の根元の板状の張り出しを、手足で打ち鳴らすこともありますわ。
そして、投げた石が根元に残りますでしょう。
……それが、溜まってまいりますのよ。
何年もかけて。
さて、なぜこれが妙なのかと申しますとね。
石も木も、あの子たちの暮らす場所には、いくらでもございますの。
なのに、この行動が確かめられているのは、西アフリカのたった四つの集団だけですわ。
そして、同じ集団の中でも——特定の木しか使いませんのよ。
……選んでいらっしゃいますのね。
環境で説明がつくのでしたら、条件の似た場所すべてで起きるはずですわ。
起きておりませんの。
ですから、研究者の方々はこうお考えですわ。これは、その集団の中で受け継がれている習慣ではないか、と。
そして、道具として石を使うのとは、性質が違いますのよ。
木の実を割るための石でしたら、目的がはっきりしておりますでしょう。
こちらは、食べ物と関係がありませんの。
社会的な場面で行われますわ。
……つまり、実用ではありませんのね。
さて、調べていらっしゃる方々のお話ですわ。
ボエのチンパンジーは、人に慣れておりませんの。近づくと逃げてしまいますわ。
ですから、直接見ることができませんのよ。
代わりに、それぞれの場所に映像の記録機を二台置いて、音を拾う装置も添えて、離れて待ちますの。
毎朝六時半から、二か所から五か所を回って、記録媒体と電池を替えて、木を測って、投げられた石を立体的に読み取って。
……地味ですこと。
そして、そうやって集めた映像が、これから解析されますのよ。
誰が投げているのか。何歳くらいなのか。周りの子はどう反応しているのか。
さて。
ここからは、わたくしが考えておりましたことですわ。
石を投げて、それが積み上がるということは。
——前に投げた石が、そこにあるということですわね。
新しく来た子は、すでに積まれた石の山を見ますのよ。
そして、その上に、自分の一個を足しますの。
……お気づきになりまして。
これは、残るのですわ。
投げた子がいなくなっても、石は残りますでしょう。
つまり、あの木は——誰かが何かをした、という記録になっておりますのよ。
言葉ではなく、物として。
……そして、研究の方々も、そこに触れていらっしゃいましたわ。
こういうものは、それを作った生きものがいなくなった後も、痕跡として残る。だから考古学にとって、たいそう珍しい例になる、と。
……ええ。
千年後に誰かがあの塚を掘りましたら、こう思うのではないかしら。
「ここで、何かが行われていた」と。
そして、何が行われていたのかは、分からないままですわ。
……わたくしたちにも、今すでに分かっておりませんもの。
(行為:継続 / 目的:不明 / 記録:蓄積中)
さて、もうひとつ。
これは少し、こわい話ですのよ。
あの森に、掘削の穴が見つかったのですって。
アルミニウムの原料になる鉱石を探すためのものですわ。
近くの国では、同じような採掘で森が失われて、水が汚れて、人も動物も困っていらっしゃいます。
研究の方々は、こうおっしゃっておりましたわ。
あの場所が失われれば、生態のうえでの損失であると同時に——文化の記録が、ひとつ消えることになる、と。
……文化、とおっしゃいましたのよ。
ヒトのものではなく、あの子たちのものを。
さて。
わたくし、この話がずいぶん好きになってしまいましたの。
理由を申し上げますわね。
誰も、なぜやっているのか分かっておりませんでしょう。
投げているご本人も、たぶん分かっていらっしゃらないと思いますのよ。
でも、行きますのよね。あの木のところへ。
十年以上。
……そういうものは、わたくしのいたところにもありましたわ。
誰も理由を知らないのに、みんなが同じ場所へ行くこと。
決まった石の前で、なんとなく足を止めること。
……こちらでは、それを何と呼んでおりましたかしら。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
石を積むというのは、たぶん、いちばん古い形の伝言ですわ。
読めなくても、そこにあることだけは分かりますもの。
……そして、あの木の下の山は、今日もひとつ増えているのですわ。
宛先も、差出人も、無いままで。
Wild Chimpanzees Keep Hurling Rocks at the Same Trees—Now Scientists Are Trying to Figure Out Why