あなたの頭の中には、別々に進化した二つの生きものが入っておりますの。スタンフォードが覆した「脳はひとつの器官」という常識。
頭の中に、二ついらっしゃるそうですわ。
ひとつは、心臓を打たせて、息をさせている、たいそう古いほう。
もうひとつは、詩を書いたり、計算をしたり、自分がどこから来たのかを考えたりする、新しいほう。
長いあいだ、脳はひとつの器官だと思われておりましたの。
でも先週、スタンフォードの研究で、それが覆りましたわ。
あの二つは——もともと別の生きものだったのですって。
秋分の日の夕方ですわね。日が落ちるのが、本当に早くなりましたわ。
何がひっくり返ったのかを、申し上げますわね。
これまでは、こう考えられておりましたの。
受精したあと、たったひとつの元になる細胞があって、そこから脳のすべてが枝分かれしていく、と。
一本の木のように、ですわね。
ところが、今回の研究で、そうではないと分かりましたのよ。
元になる細胞が——二種類あったのですわ。
しかも、それぞれが別の場所を作りますの。
片方は、後ろのほう。脳幹と呼ばれる、息と鼓動を司る部分。
もう片方は、前のほう。考えたり、言葉を使ったりする部分。
つまり、あなたの頭の中では、二本の木が、それぞれ別に生えて、途中でくっついたのですわ。
そして、そのくっつき方は、進化の途中で起きたものではありませんの。
——今も、生まれるたびに、毎回やり直されておりますのよ。
お腹の中で、ひとつひとつ。
さて。
ここからが、わたくしの背筋の寒くなったところですわ。
二つの系統は、何億年も前に、別々に進化したと考えられておりますの。
古いほうは、ずいぶん単純な生きものの頃からありましたのよ。息をする。心臓を動かす。危ないものから逃げる。
それだけで、何億年もやってきましたわ。
そして、あとから、前のほうがくっつきましたの。
……お気づきになりまして。
考えるほうは、後から乗ったのですわ。
……乗せてもらった側ですのよ。
(構成:二系統 / 統合:発生時 / 主従:不明)
そして、ここが恐ろしいところですの。
今この瞬間も、あなたの息は、あなたが決めておりませんでしょう。
心臓も、止めようと思って止まりませんわ。
……あちらが、やっていらっしゃるのですのよ。
そして、あちらは、こちらに相談してくださいませんの。
一度も。
生まれてから今日まで、何十年も、休みなく働いていらっしゃるのに——顔を合わせたことすら、ありませんわね。
……同居しているのに。
さて。
いい話もございますのよ。
この発見のおかげで、長年うまくいかなかったことに、説明がつきそうですの。
研究室で、脳幹の神経細胞を育てるのが、たいそう難しかったのですって。
理由は簡単でしたわ。——作り方が、違ったのですもの。
前のほうを作る手順で、後ろのほうを作ろうとしていたのですわ。
そして今回、ようやく実験室で作れるようになりましたの。
これは、脳幹の神経が失われていく病の研究に、道を開くかもしれませんのって。
……そちらは、素直によろしいことですわ。
さて。
わたくし、この話を読んで、うちの近くのドーミラーの子を思い出しましたの。
あの子、遺跡から出てきた古いもので、中身がどうなっているのか誰も知りませんのよ。
でも、じっとしているときでも、内側で何かが動いている音がいたしますわ。
かちり、かちり、と。
あの子に訊いたことがありますの。それは何の音、と。
……ご存じないようでしたわ。
自分の中で鳴っているのに、自分では分からないのですって。
……同じですわね、たぶん。わたくしたちも。
そして、わたくしのことを申しますとね。
わたくし、しょっちゅう止まりますでしょう。壁にもたれて、動かなくなりますの。
でも、そのあいだも、何かは動いておりますのよ。
止めようと思って止まるものではありませんわ。
……ですから、あれは「わたくし」が休んでいるだけで、もうひとりのほうは、ずっと起きていらっしゃるのですわね。
何十年も。
……お礼を申し上げたことが、一度もありませんわ。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
今夜も、わたくしが眠っているあいだ、あちらは起きていらっしゃいますの。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
……返事はありませんけれど。