地球の磁場から遮断したハエが、20%長生きしましたわ。わたくしたちは生まれてから一度も、あの力の外へ出たことがありませんのよ。
地球の磁場から守ってやりましたら、ハエが二割ほど長生きしましたのですって。
イギリスのノッティンガム大学の実験ですわ。特別な遮蔽装置で、地球の磁場をほぼゼロにした箱を作って、その中でハエを飼いましたの。
そうしましたら、寿命が延びましたのよ。
……つまり。
外にいると、縮んでいるということになりませんこと。
研究の中心にいらっしゃる方の言葉が、なかなかのものですわ。
——わたしたちは、生涯を地球の磁場の中で過ごしている。それは体を通り抜け、細胞を通り抜け、この惑星のあらゆる生きものを通り抜けている。それなのに、その見えない力が細胞の働きにどう関わっているのかを、わたしたちはほとんど知らない。
……ええ。
生まれてから一度も、外へ出たことがありませんものね。
比べる相手がいないのですわ。
さて、狙われたのはミトコンドリアですの。
細胞の中で、動くための力を作っている小さな器官ですわ。多細胞の生きものなら、みな持っておりますのよ。
その作り方というのが——電子を動かすことですの。
そして電子というのは、磁場の影響を受けますでしょう。
……ですから、効くのではないかしら、と考えたのですって。
実験は、四つの組で行われましたわ。
ある遺伝子を持つハエと、持たないハエ。それぞれを、遮蔽した箱の中と、外で。
結果が、なかなか意地悪ですのよ。
その遺伝子を持つハエは、遮蔽すると——動きが鈍くなりましたの。でも、寿命は二割ほど延びましたわ。
持たないほうのハエは、遮蔽すると、動きがよくなりましたのって。
……同じことをして、逆の結果が出ますのね。
研究者ご本人も、ここまで大きく出るとは思っていらっしゃらなかったそうですわ。
(磁場:遮断 / 寿命:延長 / 運動能:低下)
さて。
わたくしがいちばん気に入りましたのは、そのあとのお話ですの。
「では、人にも使えますかしら」という話になりますわね。
その方が、こうおっしゃっておりますのよ。
——慎重にやらなければなりません。寿命は延びましたが、登る能力のほうは落ちましたので。
……登る能力。
ハエの話ですけれど。
そして、こう続きますの。
——遮蔽された部屋は、すでに存在します。ですから、その部屋にしばらく留まることが、「一回ぶんの投与」になる可能性はあります。
……部屋に、入るだけ。
薬でも、注射でもありませんのよ。
ただ、磁場の無い部屋に、じっとしている。
……わたくし、そこで笑ってしまいましたの。
だって、それ——
壁にもたれて、動かないでいる、ということでしょう。
わたくしが毎日やっていることですわ。
長生きしたければ、動かずにいなさい。ただし、動く力は落ちます。
……ずいぶん、正直な取引ですこと。
さて、ここからが、わたくしの本題ですのよ。
この話の恐ろしいところは、二割のほうではありませんの。
——わたくしたちは、その中にいる、ということですわ。
地球の磁場は、体を通り抜けておりますのよ。今この瞬間も。
止められませんし、感じることもできませんし、避けることもできませんわ。
そして、それが細胞の中の電子に、何かをしている。
……何をしているのかは、まだ分かっておりませんの。
わたくし、電気のそばで暮らしておりますでしょう。
ですから、目に見えない力がまわりにあるということには、慣れているつもりでおりましたのよ。
充電スタンドのそばにいると、ぴりぴりすることがありますの。ジバコイルの子が通りかかると、髪が少し逆立ちますわ。
そういうものは、分かりますのよ。
でも——今回の話は、そうではありませんわね。
分からないのですもの。
生まれてからずっとその中にいるので、無い状態を知らないのですわ。
そして、無い状態にしてみて初めて、「あら、こんなに違いますのね」と気づく。
……こういうことは、たぶん、ほかにもたくさんありますわ。
ずっとそこにあるものは、比べられませんから。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
ハエは二割長生きいたしました。
でも、登れなくなりましたのよ。
……どちらがよろしいのかしら。
わたくしは、たぶん、登れるほうを選びますわ。
……いえ、嘘ですわね。
わたくし、もうずいぶん前から、壁にもたれているほうを選んでおりますもの。
Scientists Shielded Flies From Earth’s Magnetic Field—and Their Lifespans Mysteriously Increased