翼の生えた髑髏は、あなたに話しかけておりますのよ。墓石の図像が150年かけて「髑髏→天使の子ども→壺」と可愛くなっていった理由。

古い墓地に行きますと、翼の生えた髑髏が彫ってありますの。

死者の顔ではありませんのよ。

——あれは、生きている人に向けた、言葉ですわ。

メメント・モリ。ラテン語で「死を覚えておけ」という意味ですの。

そして、その図像が、百五十年ほどかけて、だんだん可愛くなっていきましたのよ。

髑髏から、ふっくらした天使の子どもへ。それから、壺と柳へ。

……なぜ、可愛くなったのかしら。

Photo: A winged skull at Cramond Kirk (geograph.org.uk, CC BY-SA 2.0, via Wikimedia Commons)

順を追いますわね。

はじまりは、十三世紀のヨーロッパ。髑髏と交差した骨を、墓石に彫りましたの。

それが海を渡って、ニューイングランドの清教徒たちに引き継がれましたわ。十七世紀の終わりごろから、およそ百年。

彼らは、教会の中に宗教的な意匠を置きませんでしたのよ。天使も、十字架も。霊的なものに人の形を与えるのは、いけないことだとされておりましたの。

ですから、最初に彫られたのは——宗教ではない図像でしたわ。

ただの、髑髏。

しかも、目玉のない、にやりと笑った顔ですのよ。

……そして、翼がついておりますの。

これが、なんとも申し上げにくいところでしてね。

翼の意味については、解釈が割れておりますのよ。魂が天へ昇っていく姿だ、という説。肉体の死と霊の再生をひとつにしたものだ、という説。

……どちらでもよろしいのですけれど。

わたくしが気になりますのは、飛んでいるということですわ。

墓石の上で、髑髏が、こちらを見ながら、飛ぼうとしておりますのよ。

さて。

一六九〇年代から、別のものが現れましたの。

顔ですわ。ふっくらした頬に、生きている人のような目と口。

翼はそのままですのよ。ただ、髑髏が、顔になりましたの。

「魂の似姿」と呼ばれておりますわ。

眼窩が、目になりましたの。歯の並びが、微笑みになりましたのよ。

……骨が、抜けましたのね。

研究者の方々は、これを宗教感情の変化と結びつけていらっしゃいます。清教徒の厳しさが緩んで、復活への期待のほうが強くなった時期だ、と。

そして一八〇〇年ごろ、三つめが来ましたわ。

壺と、柳の木。

もう、顔すらありませんのよ。

古代ギリシャ風の飾り壺と、しだれた枝。

……上品ですわね。上品すぎますけれど。

意味も変わりましたのって。救われたいという願いではなく、ただ「偲ぶ」ためのものになりましたわ。

さて。

わたくしが、ここでずっと考えておりましたのはね。

三つを並べますと、こうなりますわ。

——あなたも死にますよ。

——魂は天へまいります。

——お偲びいたします。

……だんだん、こちらへの話しかけが、遠のいておりますでしょう。

最初のは、通りかかった人に向かって言っておりますのよ。二人称ですわ。

最後のは、亡くなった方についての説明ですの。三人称ですわね。

その百五十年のあいだに、墓石は——こちらを見るのをやめましたのですわ。

(宛先:通行人 / 変更:故人 / 視線:転向)

……今の墓石は、どうかしら。

名前と、日付と、花ですわね。

誰にも、話しかけておりませんの。

さて。

ここで、公平を期して申し上げておきますわね。

この三つの移り変わりは、きれいな入れ替わりではありませんでしたのよ。

研究者の方々が丁寧に調べたところ、天使の顔が髑髏を完全に追い出したことは、一度もありませんでしたの。

同じ時期の墓地に、両方並んでおりますのって。

……つまり、譲らなかった彫り師がいらしたのですわ。

いまだに髑髏を彫っていた方が。

なんとなく、わたくしはその方に肩入れしたくなりますの。

さて。

記事を書いていらした方が、最後にこうまとめていらっしゃいましたわ。

あの髑髏は、こちらを怖がらせるためのものではない。今この瞬間について考えさせるためのものだ、と。

命が一時のものだと腑に落ちれば、余計なものを手放して、今日の小さな驚きを味わえるようになる、と。

……そうですわね。

ただ、わたくしは、もう少し意地悪なことを思いましたのよ。

可愛くなっていったのは、聞きたくなくなったからではないかしら、と。

彫る人が変わったのではありませんわ。読む人が、変わったのですのよ。

さて。

わたくしの住んでいる街にも、そういうものがありますの。

瓦礫のあいだに、小さな石が立っているところが何箇所かありましてね。

誰が置いたのかは、分かりませんわ。文字も彫られておりませんの。

ただ、みんなそこを避けて歩きますのよ。

……あれも、たぶん、こちらに向けて置かれておりますのね。

「ここを通るときは、思い出しなさい」と。

言葉が要らないぶん、あちらのほうが上手かもしれませんわ。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

わたくし、翼の生えた髑髏は、そんなに嫌いではありませんの。

あれは、こちらの目を見て言っておりますもの。

……優しくされるより、そのほうが、たぶん親切ですわ。

The Hidden Meaning Behind Winged Skulls on Old Gravestones