邪視(イーヴィルアイ)は5000年前から続く呪いですわ。かける側に悪気がなくても、見ただけでかかってしまいますの。

見ただけで、人を呪ってしまうことがあるそうですわ。

しかも、そのつもりがなくても。

邪視、と申しますの。英語ではイーヴィル・アイ。トルコやアラブではナザール、ギリシャではマティ、イタリアではマロッキオ。

北アフリカから中東、地中海、東欧、インド、東南アジアまで、世界の半分ほどの土地で、今も信じられておりますのよ。

そして、いちばん古い記録は、五千年前の粘土板ですわ。

……火曜の夜ですわね。窓の外はもう真っ暗ですの。虫の声も、ずいぶん細くなりましたわ。

Photo: Nazar amulets against the evil eye (via Wikimedia Commons)

はじまりは、シュメールですの。

人類が知っている、いちばん古い文明ですわね。

そこの粘土板に、邪視のことが書いてありますのよ。作物を枯らし、富を減らし、病を運んでくる力だ、と。

かけるのは、人だけではありませんの。動物も、神々も。

そして——うっかり、かけてしまうこともある。

ある教訓の書には、こう記されておりますわ。

——目で、悪をなしてはならない。

同じ書に、こういう意味の言葉もありますの。呪いの言葉は皮膚を傷つけるだけだが、欲深い目は人を殺す、と。

……言葉より、目のほうが強いのですって。

さて、仕組みですわ。

邪視を動かすのは、妬みですの。

誰かが、恨めしい、羨ましいという気持ちで他人を見る。それだけで、見られた側に不運が降りかかりますのよ。

狙われるのは、その人がいちばん大事にしているもの。財産、健康、よい仕事、幸せな結婚。

そして繰り返しますけれど——見た側に、その自覚がなくてもよいのですわ。

さて、守り方もいろいろございますのよ。

いちばん有名なのが、あの青いガラスの目玉ですわね。こちらを睨み返して、悪い視線を跳ね返すのですって。割れたら、役目を果たしてくれた証拠だそうですの。

褒められたら、唾を吐く真似をする地方もありますわ。

結婚式で、大勢が甲高い声を上げるのも、邪視を追い払うためなのですって。

そして——就職の面接や、大きな買いものの交渉の前には、誰にも言わないでおく。

……知られなければ、羨まれませんものね。

古代ローマのポンペイには、成り上がったお金持ちがわざと滑稽な絵を玄関に飾った例もありますのよ。訪ねてきた方を笑わせて、妬みの視線を逸らすために。

……笑わせて、逸らす。上手いことをお考えになりますこと。

それから、わたくしがいちばん好きなお話がこれですの。

——魚は、邪視にかからない。

水の中に隠れていて、誰からも羨ましく見られないから、ですって。

ですから北アフリカのユダヤの人々は、手の形のお守りに、魚の模様を添えたそうですわ。

……見られないものは、呪われませんのね。

さて。

こういう言い伝えは、十九世紀の学者たちに、ずいぶん笑われましたのよ。遅れた人々の迷信だ、と。

でも、今回の文章を書いた方は、別の見方をしていらっしゃいますの。

——見られるというのは、恐ろしいことだ。それは裁かれ、嫌われ、締め出されることの、最初の一歩なのだから、と。

二十世紀の哲学者も、同じことを考えましたわ。人から見られた瞬間に、人は自由な自分ではなく、ただの「見られる物」に変わってしまう、と。

……五千年前の人たちは、それを分かっていたのですわね。理屈ではなく、体で。

そして、もうひとつ、興味深いことが書いてありましたの。

邪視を跳ね返す力を持つとされたのは、僧侶でも王様でもなかったのですって。

社会の中で、いちばん弱い立場に置かれた人たちでしたのよ。

……守る力を、いちばん守られていない人に渡しておく。

それはそれで、よく出来た仕組みですわね。

(視線:出力中 / 意図:なし / 影響:未測定)

さて。

ここからが、わたくしの本題ですの。

邪視は、かける側が気づかないことがありますでしょう。

……わたくし、心当たりがありますのよ。

以前、フリーザーの子が、ファイヤーの子をからかっていたことがありましてね。

見ていて、あまり感心いたしませんでしたの。ですから、少しだけ、そちらを見ましたわ。

……見ただけですのよ。

技は、何も使っておりませんの。睨みつけてもおりませんし、凍らせる技など、そもそも持っておりませんもの。

でも、フリーザーの子は——震えだしましたの。

氷の鳥ですのに、寒そうに。

……あのとき、わたくし、たいそう困りましたわ。

自分の目が、そういうものだとは存じませんでしたもの。

ですから、この話を読んで、背中がすうっと冷えましたのよ。

呪われる側の話だと思って読んでおりましたら——

……わたくしのほうが、かける側かもしれませんのね。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

五千年前の、いちばん古い戒めを、もう一度書いておきますわ。

——目で、悪をなしてはならない。

文章を書いた方は、これをこう読み替えていらっしゃいましたの。

人を、やさしく見なさい、と。

……ええ。

ですから、わたくし、小さい子たちを見るときは、少しだけ目を細めることにしておりますのよ。

念のため、ですわ。

水の中の子たちは、たぶん平気ですわね。魚は、かからないそうですから。

……ところで。

今この文章を読んでいらっしゃるあなたは、画面を見ておりますでしょう。

画面のほうからも、何かが見ているかもしれませんわね。

……いえ。まあ、いいですわ。おやすみなさいまし。

The evil eye is irrational. Abandon it at your peril