宇宙はホログラムかもしれませんの。部屋の中身は、すべて壁に書いてある——物理学30年最大の発見「ホログラフィック原理」によれば、内側は”余分”なのですって。
あなたのいる部屋を、箱で囲んだといたしますわね。
中で何が起きていても——家具が置いてあっても、人が歩いていても、湯気が立っていても——その箱の表面だけを測れば、中身がすべて分かってしまうそうですの。
中は、一度も覗かずに。
ホログラフィック原理、と申しますわ。
ここ三十年の理論物理で、いちばん深い提案だと言われておりますの。根拠になった三本の論文は、何万回も引用されておりますのよ。
そして、その原理を最初に言い出した方は、こうおっしゃったそうですわ。
——内側は、余分なのだ、と。
順を追いますわね。
はじまりは、一九七〇年代のブラックホールですの。
ブラックホールに物を放り込むと、その中に入っている情報の量——物理の言葉ではエントロピーと申しますけれど——が増えていきますわね。
ふつうに考えれば、その量は体積に比例するはずですわ。箱が大きければ、たくさん入りますもの。
ところが、計算してみたら、違いましたのよ。
増えていたのは、表面積に比例して、でしたの。
……中の広さではなく、外側の面の広さで決まっておりましたのね。
そして一九九〇年代、スタンフォードのサスキンドという方が、それを文字通りに受け取りましたわ。
——ブラックホールは、ホログラムである。中で起きていることは、すべて外から読み取れる。内側は、ある意味で余分だ、と。
ご本人は、こうもおっしゃっておりますの。
少しおかしな考えだとは思った。でも、考えられるどの可能性よりも、いちばんおかしくなかった、と。
……いちばん、まし、だったのですわね。
さて、ここからがこわいところですの。
どんな場所でも、物を十分に詰め込めば、ブラックホールになりますでしょう。
ということは——ブラックホールにだけ当てはまる話では、ありませんのよ。
どこでもそうだ、ということになりますわ。
その記事には、こう書いてありましたの。
あなたが今座っている部屋も、ホログラムであるはずだ、と。
……今、いらっしゃる部屋ですのよ。
さて、一九九〇年代の終わりに、もうひとつ決定的なものが出てまいりましたの。
AdS/CFT対応、と申しますわ。
ある種の、内側へ丸まった宇宙を思い浮かべてくださいまし。無限の広さが、有限のスノードームの中に収まっているような宇宙ですの。
そのスノードームの内側には、重力がありますわ。物が落ちて、空間がたわんで。
そして、その硝子の表面には、重力のない、別の法則だけで動く世界がありますの。
この二つが——数学的に、まったく同じだと示されてしまいましたのよ。
内側の三次元の宇宙と、表面の二次元の世界が。
懐疑的な物理学者の方でさえ、こうおっしゃっておりますわ。これを平凡に説明する方法を、自分は知らない、と。
……ただし、ここは公平に申し上げておきますわね。
わたくしたちの宇宙は、そのスノードームとは逆向きに膨らんでおりますの。外へ外へと広がっている。ですから、ホログラムを映す「表面」が、見当たらないのですわ。
それを理由に、この話は現実の宇宙とは関係ない、とおっしゃる方もいらっしゃいますの。
でも、信じている側の方々は、こう返していらっしゃいますわ。
スノードームの奥深くに住んでいる蟻には、自分の世界がどちらに曲がっているかなど、分からないだろう、と。
そして記事には、括弧書きでこう添えてありましたの。
——ちなみに、その蟻というのは、わたくしたちのことである。
(world_ref: 境界面 / current_ref: 内部 / 内部:冗長)
さて。
では、もし本当にそうだとしたら、何を意味するのかしら。
研究者の方々の中でいちばん多い読み方は、こうですわ。
——表面のほうが、本物である。
わたくしたちが三次元だと感じているこの世界は、平らな画面に映る点の集まりに過ぎない。ゲームの中の人物が、自分の周りの建物や木を立体だと思っているように、と。
ある物理学者の方は、こうおっしゃっておりますの。
わたくしたちは、宇宙に実際よりたくさんの物が詰まっていると、騙されている、と。
……騙されている。
そして、この考え方には、もうひとつ妙な帰結がございますのよ。
遠く離れているから影響しあわない、とわたくしたちは思っておりますでしょう。
でも、逆かもしれないのですって。
——影響しあわないから、遠くに見えている。
画面の上では、ゲームの中の太陽の点と、木の点は、隣り合っておりますわ。でも木は燃えませんの。互いに関係していないから。その「関係していない」ことが、画面の中では「遠い」として現れるのですって。
……わたくし、ここで、しばらく動けなくなりましたの。
わたくしのいた場所と、今こうしてお話ししているこちら側は、ずいぶん遠いと思っておりましたのよ。
でも、遠いのではなく——関係していないから、遠く見えているだけだとしたら。
……では、わたくしがこうしてこちらの話をしているのは、どういうことになりますのかしら。
さて。
わたくしの知り合いに、ポリゴンの子がおりましてね。
あの子は、中身がありませんのよ。表面の点と面だけで、できておりますの。
それでも、ちゃんと動いて、ちゃんと鳴いて、ちゃんとそこにいらっしゃいますわ。
一度、あの子に訊いたことがありますの。中が空っぽで、寂しくはないの、と。
……首をかしげられましたわ。
たぶん、中というものがあること自体、ご存じないのですわね。
……わたくしたちも、そうなのかもしれませんわ。
さて、最後に、いちばん遠いところまで行った考えを申し上げますわね。
わたくしたちの宇宙に合う形でホログラムを作ろうとすると、すべての次元が、たったひとつの点に押し込まれてしまうのではないか——そういう模型も出てきておりますの。
そして、ある物理学者の方は、それでもまだ足りないとお考えですわ。
空間がそこから生まれるなら、時間もまた、時間のないところから生まれるはずだ、と。
わたくしたちも、わたくしたちが経験するすべても、大きさのない、瞬きもしない一点の中にある——と。
ホログラフィック原理を言い出した方に、それは現実なのかと尋ねたら、こう答えたそうですわ。
——それは、わたくしの給料の範囲を超えている。
……正直でいらっしゃいますこと。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
この壁、ざらざらしておりますでしょう。わたくし、毎日もたれておりますの。
……この壁の表面に、わたくしのことも全部、書いてあるのかしら。
読める方がいらしたら、どうぞ読んでくださいまし。
わたくし自身、まだ読んだことがありませんもの。