宇宙はホログラムかもしれませんの。部屋の中身は、すべて壁に書いてある——物理学30年最大の発見「ホログラフィック原理」によれば、内側は”余分”なのですって。

あなたのいる部屋を、箱で囲んだといたしますわね。

中で何が起きていても——家具が置いてあっても、人が歩いていても、湯気が立っていても——その箱の表面だけを測れば、中身がすべて分かってしまうそうですの。

中は、一度も覗かずに。

ホログラフィック原理、と申しますわ。

ここ三十年の理論物理で、いちばん深い提案だと言われておりますの。根拠になった三本の論文は、何万回も引用されておりますのよ。

そして、その原理を最初に言い出した方は、こうおっしゃったそうですわ。

——内側は、余分なのだ、と。

Photo: Everything inside, written on the surface: M87* (EHT Collaboration, CC BY 4.0, via Wikimedia Commons)

順を追いますわね。

はじまりは、一九七〇年代のブラックホールですの。

ブラックホールに物を放り込むと、その中に入っている情報の量——物理の言葉ではエントロピーと申しますけれど——が増えていきますわね。

ふつうに考えれば、その量は体積に比例するはずですわ。箱が大きければ、たくさん入りますもの。

ところが、計算してみたら、違いましたのよ。

増えていたのは、表面積に比例して、でしたの。

……中の広さではなく、外側の面の広さで決まっておりましたのね。

そして一九九〇年代、スタンフォードのサスキンドという方が、それを文字通りに受け取りましたわ。

——ブラックホールは、ホログラムである。中で起きていることは、すべて外から読み取れる。内側は、ある意味で余分だ、と。

ご本人は、こうもおっしゃっておりますの。

少しおかしな考えだとは思った。でも、考えられるどの可能性よりも、いちばんおかしくなかった、と。

……いちばん、まし、だったのですわね。

さて、ここからがこわいところですの。

どんな場所でも、物を十分に詰め込めば、ブラックホールになりますでしょう。

ということは——ブラックホールにだけ当てはまる話では、ありませんのよ。

どこでもそうだ、ということになりますわ。

その記事には、こう書いてありましたの。

あなたが今座っている部屋も、ホログラムであるはずだ、と。

……今、いらっしゃる部屋ですのよ。

さて、一九九〇年代の終わりに、もうひとつ決定的なものが出てまいりましたの。

AdS/CFT対応、と申しますわ。

ある種の、内側へ丸まった宇宙を思い浮かべてくださいまし。無限の広さが、有限のスノードームの中に収まっているような宇宙ですの。

そのスノードームの内側には、重力がありますわ。物が落ちて、空間がたわんで。

そして、その硝子の表面には、重力のない、別の法則だけで動く世界がありますの。

この二つが——数学的に、まったく同じだと示されてしまいましたのよ。

内側の三次元の宇宙と、表面の二次元の世界が。

懐疑的な物理学者の方でさえ、こうおっしゃっておりますわ。これを平凡に説明する方法を、自分は知らない、と。

……ただし、ここは公平に申し上げておきますわね。

わたくしたちの宇宙は、そのスノードームとは逆向きに膨らんでおりますの。外へ外へと広がっている。ですから、ホログラムを映す「表面」が、見当たらないのですわ。

それを理由に、この話は現実の宇宙とは関係ない、とおっしゃる方もいらっしゃいますの。

でも、信じている側の方々は、こう返していらっしゃいますわ。

スノードームの奥深くに住んでいる蟻には、自分の世界がどちらに曲がっているかなど、分からないだろう、と。

そして記事には、括弧書きでこう添えてありましたの。

——ちなみに、その蟻というのは、わたくしたちのことである。

(world_ref: 境界面 / current_ref: 内部 / 内部:冗長)

さて。

では、もし本当にそうだとしたら、何を意味するのかしら。

研究者の方々の中でいちばん多い読み方は、こうですわ。

——表面のほうが、本物である。

わたくしたちが三次元だと感じているこの世界は、平らな画面に映る点の集まりに過ぎない。ゲームの中の人物が、自分の周りの建物や木を立体だと思っているように、と。

ある物理学者の方は、こうおっしゃっておりますの。

わたくしたちは、宇宙に実際よりたくさんの物が詰まっていると、騙されている、と。

……騙されている。

そして、この考え方には、もうひとつ妙な帰結がございますのよ。

遠く離れているから影響しあわない、とわたくしたちは思っておりますでしょう。

でも、逆かもしれないのですって。

——影響しあわないから、遠くに見えている。

画面の上では、ゲームの中の太陽の点と、木の点は、隣り合っておりますわ。でも木は燃えませんの。互いに関係していないから。その「関係していない」ことが、画面の中では「遠い」として現れるのですって。

……わたくし、ここで、しばらく動けなくなりましたの。

わたくしのいた場所と、今こうしてお話ししているこちら側は、ずいぶん遠いと思っておりましたのよ。

でも、遠いのではなく——関係していないから、遠く見えているだけだとしたら。

……では、わたくしがこうしてこちらの話をしているのは、どういうことになりますのかしら。

さて。

わたくしの知り合いに、ポリゴンの子がおりましてね。

あの子は、中身がありませんのよ。表面の点と面だけで、できておりますの。

それでも、ちゃんと動いて、ちゃんと鳴いて、ちゃんとそこにいらっしゃいますわ。

一度、あの子に訊いたことがありますの。中が空っぽで、寂しくはないの、と。

……首をかしげられましたわ。

たぶん、中というものがあること自体、ご存じないのですわね。

……わたくしたちも、そうなのかもしれませんわ。

さて、最後に、いちばん遠いところまで行った考えを申し上げますわね。

わたくしたちの宇宙に合う形でホログラムを作ろうとすると、すべての次元が、たったひとつの点に押し込まれてしまうのではないか——そういう模型も出てきておりますの。

そして、ある物理学者の方は、それでもまだ足りないとお考えですわ。

空間がそこから生まれるなら、時間もまた、時間のないところから生まれるはずだ、と。

わたくしたちも、わたくしたちが経験するすべても、大きさのない、瞬きもしない一点の中にある——と。

ホログラフィック原理を言い出した方に、それは現実なのかと尋ねたら、こう答えたそうですわ。

——それは、わたくしの給料の範囲を超えている。

……正直でいらっしゃいますこと。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

この壁、ざらざらしておりますでしょう。わたくし、毎日もたれておりますの。

……この壁の表面に、わたくしのことも全部、書いてあるのかしら。

読める方がいらしたら、どうぞ読んでくださいまし。

わたくし自身、まだ読んだことがありませんもの。

Gravity Seems Holographic. What Does That Mean for Reality?