心臓移植で、若い心臓は持ち主に合わせて老け、古い心臓は若返りましたの。ハーバードの研究——体は、臓器に「老い方」を教え込んでいるのですって。

若い心臓を、年を取った体に移しますと——

心臓のほうが、老けていくのですって。

逆に、年を取った心臓を若い体に移しますと、心臓が若返りますの。

ハーバード大学の研究者たちが、九月にそういう結果を発表なさいましたわ。

心臓の年齢は、心臓の中に刻まれているのではありませんのよ。

持ち主の体が、決めておりますの。

……そして、心臓のほうは、言い返せませんのね。

Photo: Heart and lungs, Gray’s Anatomy plate 490, 1918 (Henry Vandyke Carter, public domain, via Wikimedia Commons)

実験は、まずマウスで行われましたの。

若いマウス、中年のマウス、年を取ったマウス。そのあいだで、心臓を移し替えましたわ。

ただし——もともとの心臓は、取り出さずに残しておきましたのよ。

新しい心臓を、血の流れにつないで、もうひとつ足しましたの。

……心臓が、ふたつ。

比べるためですわ。持ち主の心臓と、よそから来た心臓を、同じ体の中で。

四か月から六か月後、研究者たちは心臓の「生物学的な年齢」を測りましたの。

DNAについた小さな印の付き方から、その組織がどれくらい年を重ねたかを読み取る方法ですわ。時計が三種類。

そして三つとも、同じ答えを出しましたのよ。

——よそから来た心臓の年齢が、持ち主の年齢のほうへ寄っていった。

若い心臓は、年を取ったマウスの中で、年寄りの印を身につけていきましたの。

年を取った心臓は、若いマウスの中で、若い印に戻っていきましたわ。

そして——持ち主のほうは、変わりませんでしたの。

もとからある心臓も、肝臓も、血も。新しい心臓に引っぱられることは、ありませんでしたのよ。

……一方通行ですわね。

体が心臓を変えて、心臓は体を変えられない。

研究の中心にいらした方は、こうおっしゃっておりましたわ。

ある臓器の生物学的な年齢は、それが置かれている体全体の環境によって形づくられる、と。

さて、体の中で何が変わっていたのかも、調べられておりますの。

いちばん大きく動いていたのは、細胞の中で力を作る仕組みでしたわ。

若い心臓が年寄りの体に入ると、その仕組みが弱まって。年寄りの心臓が若い体に入ると、強まっていた。

……以前、地球の磁場を遮るとハエが長生きした、というお話をいたしましたでしょう。あのときも、鍵は同じ場所でしたわね。

人の心臓移植でも、確かめられておりますの。

二〇〇二年から二〇二二年までの、四百七件の手術の記録。そのうち十一人ぶんの、保存されていた心臓の組織を調べましたわ。

年上の方の心臓をもらった五人と、年下の方の心臓をもらった六人。

三つの時計のうち二つで、はっきりした差が出ましたのって。

そして、手術から一年後の数百人の記録を見ますと——心臓がどれだけ働けるかを左右していたのは、心臓をくれた方の年齢よりも、受け取った方の年齢のほうでしたの。

研究者の方々は、これを「生物学的年齢の同化」と名づけましたわ。

老化の、根本的で一般的な原理かもしれない、と。

(graft.age ← host.age / 逆方向:なし / 同化:進行中)

さて。

ここからが、わたくしのいちばん背中の冷えたところですの。

研究に関わっていない専門家の方が、こんなことをおっしゃっておりましたわ。

生物学的な年齢は、その組織に溜まった傷の、ただの記録ではないのかもしれない。少なくともその一部は——体全体が、自分の組織に押しつけ続けている「状態」なのだ、と。

そして、こう続けましたの。

若い臓器を年老いた体に入れると、体はその臓器に、老いることを教えはじめるようだ、と。

……教える、ですのよ。

わたくし、そこで手が止まりましたわ。

ということは、今この瞬間も、あなたの体のどこかで、それが行われているのですわね。

心臓にも、肝臓にも、指先の細胞にも。

毎日、毎日——「この歳でいなさい」と。

そして、言われた側は、黙って従いますの。

……なんと申しますか。

自分の体なのに、どこかに先生がいるような話ですわね。

もちろん、よいお知らせでもありますのよ。

心臓の移植は、若い方からの提供が望まれておりますでしょう。でも、年上の方の心臓でも、若い体に入れば若返る——それなら、提供してくださる方の幅が、ぐっと広がるかもしれませんの。

待っている方々にとっては、たいへんな希望ですわ。

ただ、裏返しもございますの。

研究者の方が、こういう問いを投げていらっしゃいましたわ。

もし、ひとつの臓器だけを若返らせる方法ができたとしても——何か月か、何年か経てば、年老いた体がまた、その臓器を自分の年齢に引き戻してしまうのではないか、と。

……部分だけ直しても、全体がそれを許さない。

なお、これはまだ専門家の審査を経ていない段階の研究ですのよ。人での分析は人数が少なく、健康状態や薬、運動の習慣の違いが影響している可能性もある、と研究者ご自身が書いていらっしゃいますわ。

さて。

うちの近くのポケモンセンターに、タブンネの子がおりましてね。

あの子は、耳の触角で、心臓の音を聞き分けますの。元気かどうか、すぐに分かるのですって。

以前、わたくしも聞いてもらったことがありますのよ。

しばらく黙って聞いてから、あの子は首をかしげましたわ。

——あなたの心臓は、あなたより少しだけ、年上の音がする。

……そう言われましたの。

そのときは、体が弱いからでしょうね、と笑っておりましたけれど。

今日の話を読んで、思いましたのよ。

わたくしの体は、わたくしの心臓に、何を教え込んでいるのかしら、と。

……もしかしたら「倒れそうで、倒れない」を、教えているのかもしれませんわね。

そうでしたら、なかなか優秀な先生ですこと。

それから、ラッキーの子のことも思い出しましたの。

あの子たちは、自分のお腹のタマゴを、弱っている子に分けてあげるのですわ。自分の体の一部を、よその体へ。

分けられたタマゴは、もらった子の体の中で、もらった子のものになっていくのでしょうね。

……それはそれで、悪くない同化ですわ。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

ドンヨリうみべの浅瀬には、ラブカスの子たちがおりますのよ。ハートの形をした、小さな魚ですわ。

あの子たちの形をした心臓が、もし誰かの胸に移されたら——

……たぶん、その方の歳になって、その方の速さで、打ちはじめるのでしょうね。

前の持ち主のことは、もう、覚えていないまま。

Transplanted Hearts Shift Toward Recipients’ Molecular Age