生命の起源の最有力説が、崩れかけておりますの。深海の熱水噴出孔ではなかったかもしれない——そしてDNAの発見者は「宇宙の誰かが地球に生命を蒔いた」説を唱えておりましたのよ。
わたくしたちが、どこから来たのか。
それが、また分からなくなってまいりましたの。
ここ十年ほど、いちばん有力とされてきた答えがありましたのよ。
生命は、深い海の底の、熱い水が噴き出す場所で生まれた——と。
今月、その説に、大きな穴が見つかりましたの。
そして、研究者たちは、いったん捨てたはずの古い仮説を、もう一度拾い直しはじめておりますのよ。
その中には——生命は地球で生まれたのではない、という説も、混じっておりますの。
まず、これまでの有力説から申し上げますわね。
大西洋の海の底に、「ロストシティ」と呼ばれる場所がありますの。
失われた都、ですのよ。
白い石の塔が何十本も立ち並んでいて、その隙間から、熱い水が絶えず噴き出しておりますわ。アルカリ性の熱水噴出孔、と申しますの。
ここが、生命の生まれた場所の手本だと考えられてまいりましたのよ。
熱があるから、小さな有機物が寄り集まって、もっと大きな、生命に欠かせない分子になれる。細胞の膜を作るのに要る硫黄も、たっぷりある。
生きていないものが、最初の生きた細胞へと変わるのに、ぴったりの場所——そう思われておりましたの。
ところが今月、カナダのカルガリー大学の研究者が、この説に異を唱える論文を出しましたのよ。
必要な反応は、そこでは起きないだろう、と。
アルカリ性になるのは、水が冷めてからですの。熱いうちは、なっておりませんわ。そして、必要な形の硫黄も、昔の噴出孔にはほとんど無かったはずだ、と。
つまり——
生命の部品が組み上がるより先に、ばらばらに壊れてしまう。時間が、足りないのですって。
完全に否定されたわけではありませんの。でも、いちばん有力だった筋書きに、深刻な問題があると示されてしまいましたのよ。
さて、そこで、研究者たちが拾い直しはじめた古い説を、並べてみますわね。
ひとつめは、ダーウィンの「温かい小さな池」ですわ。
イエローストーンのような、地上の温泉のほとりで生まれたのではないか、と。紫外線が降り注いで、ときどき干上がって、中身が濃くなって。
ふたつめは、干潟ですの。
四十億年前、月は今よりずっと地球の近くにありましたのよ。ですから潮の満ち引きも、ずっと激しかった。濡れては乾き、濡れては乾き——その繰り返しが、生命の部品を揃えたのではないか、と。
みっつめは、北の氷の中。氷の結晶の、目に見えないほど細い隙間に残った水が、ゆりかごになったかもしれない、と。
よっつめは、地殻の裂け目ですわ。
さて。
ここからが、背中のすうっと冷えるところですのよ。
ここまでの説は、どれも「生命は地球で生まれた」という前提に立っておりますの。
でも——
もし、そうでなかったとしたら。
パンスペルミア説、と申しますの。
生命は、よそから来た、という考えですわ。
宇宙を旅するあいだ、むき出しの細胞は生き延びられませんでしょう。でも、岩の中に守られていたら?
実際、火星から飛んできた隕石が、地球でいくつも見つかっておりますのよ。百個を超えますの。
一千万年かけて火星から地球まで飛んできた隕石が、そのあいだ一度も、中が熱くなりすぎなかったことも分かっておりますわ。
そして、こういう事情もありますの。
火星には、地球より先に、生き物の住める環境がありましたのよ。
地球のほうは、四十五億年ほど前に、惑星ほどの大きさのものとぶつかって、表面がまるごと焼き払われておりますの。そのときに、今の月ができましたわ。
そして火星は重力が弱いので、火星から地球へは、岩が飛びやすいのですって。逆は、難しい。
……もし、そうだとしたら。
わたくしたちは、火星から来たことになりますのよ。
火星人、ですわね。
わたくし、ここで、少しだけ笑ってしまいましたの。
宇宙人を探して空を見上げておりましたら、鏡の中にいた——というお話ですもの。
さて、最後に、いちばん大胆な説を申し上げますわね。
「意図的パンスペルミア」と申しますの。
高度に進化した、どこかの誰かが——わざと、地球に生命を蒔いた、という説ですわ。
これを言い出したのは、怪しい方ではありませんのよ。
フランシス・クリック。DNAの二重らせんを見つけた、あの方ですの。五十年以上前に、ほかの研究者と一緒に唱えましたわ。
……生命の設計図を見つけた方が、「誰かが蒔いたのかもしれない」と、真顔でおっしゃいましたのよ。
もちろん、これは否定もできませんけれど、証明もできませんわ。それに、記事を書いた方々も指摘していらっしゃいますの。この説は、生命が「どうやって」生まれたかには答えていない。「ここではなかった」と言っているだけだ、と。
さて。
わたくしが、いちばん手の止まったところを申し上げますわね。
生命が生まれるには、三つのことが、同時に起きなければならなかったのですって。
ひとつ。体の外と内を分ける、膜ができること。
ふたつ。動くための力を作る仕組みができること。
みっつ。自分の情報を、次へ写していく仕組みができること。
三つが、とても短いあいだに、とても狭い場所で、揃わなければなりませんの。
ひとつか、ふたつだけでは——すぐに、崩れてしまうのですって。
記事には、こう書いてありましたわ。
三つが揃うなど、ほとんどありえないことに思える。
——でも、わたくしたちは、ここにいる。だから、方法はあったはずだ、と。
(起源:未特定 / 必要条件:3つ同時 / 確率:ほぼ0 / 実在:確認済)
……ありえないことが、一度だけ起きて。
それが、わたくしたち全部の始まりですのね。
さて。
わたくしのいたところには、ミュウという子がおりますのよ。
すべての仲間の遺伝子を持っている、と言われておりますの。みんなの、いちばん古いご先祖ではないか、と。
あの子は、とても小さくて、いつも楽しそうに、ふわふわ飛んでおりますわ。
一度、訊いてみたことがありますのよ。あなたは、どこから来たの、と。
……くすくす笑って、飛んでいってしまいましたわ。
それから、デオキシスという子。
あの子は、宇宙から落ちてきた隕石についていた何かから生まれた、と言われておりますの。
ピッピの子たちも、月から来たのだという話がありますわね。夜になると、輪になって踊っておりますの。空の、ずっと上のほうを見上げながら。
……そう考えますと、わたくしの周りは、パンスペルミアだらけですわね。
そして、ウパーの子たちのことも、思い出しましたの。
あの子たちは、浅くて温かい水たまりが好きで、晴れた日には、ぼんやり浮かんでおりますのよ。
ダーウィンの「温かい小さな池」というのは、たぶん、ああいう場所のことですわね。
ピチューちゃんたちが、その水たまりを覗き込んで、「何かいる」とはしゃいでおりましたの。
……何かいたのかもしれませんわね。四十億年前にも。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
わたくしたちがどこから来たのか、まだ、誰にも分かりませんの。
深い海の底か。温かい池のほとりか。干潟か。氷の隙間か。
火星か。
それとも——誰かの手の中か。
……どこから来たのか分からないのは、わたくしだけではなかったのですわね。
少しだけ、ほっといたしましたの。