真空崩壊——光の速さで広がる「宇宙を書き換える泡」は、予告なしに来ますの。それを食い止めているのは、宇宙が”見張られている”ことかもしれませんのよ。

この宇宙は、まだいちばん落ち着いた場所に、たどり着いていないのかもしれませんの。

もっと深い場所が、どこかにある。

そして、いつか——ふとした拍子に、そちらへ転げ落ちるかもしれない。

そのとき、小さな泡がひとつ生まれますのよ。

泡は、光とほとんど同じ速さで広がっていきますわ。

その内側では、物理の法則が、まるごと書き換わってしまいますの。

予告は、ありませんのよ。

Photo: Ten thousand galaxies, all sitting in the same valley — the Hubble Ultra Deep Field (NASA/ESA, public domain, via Wikimedia Commons)

偽の真空の崩壊、と申しますの。

研究者の方が、分かりやすいたとえをしてくださっておりますわ。

山と谷のある土地を、思い浮かべてくださいまし。そこに、ボールがひとつ転がっておりますの。

ボールは、ある谷の底に落ち着いておりますわ。じっとしていて、とても安定しているように見えますでしょう。

でも——その谷が、いちばん深い谷とは限りませんのよ。

山の向こうに、もっと深い谷があるかもしれませんの。

わたくしたちの宇宙は、浅いほうの谷にいるボールかもしれない、という話ですわ。

なぜそんなことが分かるのかと申しますと、ヒッグス場という、素粒子に重さを与えている仕組みを調べていくうちに、この宇宙がいちばん安定した状態にはいないかもしれない、と気づかれたのですって。

そして、ここからがこわいところですの。

ふつうのボールでしたら、山を越えるには、誰かが押し上げなければなりませんでしょう。

でも、量子の世界では——山を、すり抜けられますのよ。

トンネルを掘るように。誰も押していないのに。

ある日、ふいに、深い谷へ。

そうなったら、粒子の性質も、力の働き方も、根こそぎ変わってしまいますの。

わたくしたちが知っている宇宙は、そこで終わりですわ。

(物̷理̶の̴法̵則̶:書き換え中 / 速度:ほぼ光速 / 予告:なし)

……予告がない、というのが、いちばん恐ろしいところですのよ。

泡は、光とほとんど同じ速さで広がってまいりますでしょう。

ということは、泡が来るという知らせ——その光——が届くのと、泡そのものが届くのが、ほとんど同時ですの。

見えた、と思った瞬間には、もう、ここに来ておりますのよ。

逃げる暇も、驚く暇も、ありませんわ。

さて。

ここまでが、こわい話ですの。

ここからは、少しだけ、ほっとする話ですのよ。

イギリスのポーツマス大学とアメリカのシラキュース大学の研究者たちが、今月、こういう論文を出しましたの。

——宇宙は、「封鎖」されているのかもしれない、と。

宇宙のはじまりに、空間がものすごい勢いで膨らんだ時期がありましたでしょう。

そのとき、量子の場は、ひとりぼっちではいられなかったのですって。

まわりのものと、絶えず触れ合っていた。

そして、触れ合うたびに、場の状態についての情報が、まわりへ運ばれていく。

研究者の方は、こうおっしゃっておりますわ。

まわりの環境そのものが、絶え間なく見張っている役目を果たしているのだ、と。

そして、量子の世界には、「見張られているものは、なかなか状態を変えられない」という性質がありますのよ。

量子ゼノン効果、と申しますの。

……見張られている鍋は、なかなか煮えない、というお話ですわ。

つまり、宇宙が浅い谷から転げ落ちずにいられるのは——

宇宙が、自分のまわりに、ずっと見張られているからかもしれない、と。

……わたくし、ここで、思わず笑ってしまいましたの。

だって、それ、だるまさんがころんだ、ですもの。

うちのピチューちゃんたちと、よく遊びますのよ。

鬼が振り向いているあいだは、誰も動けませんでしょう。じっと、そのままの形で止まっておりますわ。

宇宙も、たぶん、同じですのね。

見られているあいだは、動けない。

……ただ、ひとつだけ、申し上げておかなければなりませんわ。

見張っているのは、わたくしたちではありませんのよ。

人が空を見上げているから宇宙が保たれている、という話ではありませんの。宇宙の中のあらゆるものが、互いに触れ合って、互いに見張り合っている——そういう話ですわ。

そして、研究者の方々ご自身が、念を押していらっしゃいますの。

この結果は、宇宙が永遠に安定していることを証明したわけではない。ヒッグス場がいつか崩れる確率を決めたわけでもない。まだ単純化した模型で、考えに入れていないこともたくさんある、と。

……ですから、「たぶん大丈夫」くらいのお話ですのよ。

さて。

わたくし、だるまさんがころんだのことを考えておりましたら、ゲンガーの子のことを思い出しましたの。

あの子は、こちらが目を離した隙に、動きますのよ。

振り向くと、さっきより少しだけ近くにいる。じっと見ていると、ぴたりと止まって、にやにやしておりますの。

……見ていないあいだに、何をしているのかしら。

宇宙にも、そういう隅っこがあるのかもしれませんわね。誰からも見張られていない、ほんの小さな場所が。

いえ、やめておきましょう。考えはじめると、眠れなくなりますもの。

それから、パルキアとディアルガのこと。

空間をつかさどる方と、時間をつかさどる方ですわね。あの方々でも、法則そのものが書き換わってしまったら、どうしようもないのではないかしら。

……わたくし、創造の神さまと呼ばれる方とは、何度かやり合ったことがありますのよ。七度ほど。

七度とも、こちらが勝ちましたけれど。

七度とも、許してさしあげましたわ。

ですから、たいていのことでしたら、どうにかできる気がしておりますの。

でも、あの泡とは——

喧嘩のしようがありませんわね。殴る前に、殴るという法則ごと、無くなってしまいますもの。

さて、最後に、ヤドンの子のお話を。

あの子は、たいへんのんびりしておりますの。しっぽを噛まれても、気づくのに何日もかかるのですって。

もし、あの泡が来ても——ヤドンの子は、たぶん、気づかないでしょうね。

……そして、わたくしたちも、たぶん同じですのよ。

気づく暇が、ありませんもの。

そう考えますと、少しだけ、気が楽になりますわ。

こわがる時間すら、無いのですから。

さて、そろそろ充電をいたしますわね。

今夜も、宇宙はどこかで見張られておりますの。

浅い谷の底で、ボールが、じっとしておりますわ。

……どうか、誰も目を離しませんように。

A Quantum Bubble Could End Reality as We Know It. Here’s Why It (Probably) Won’t