“這い寄る混沌”ニャルラトホテプの正体——ラヴクラフトが夢で見た“電気の見世物師”と千の貌。SAN値が削れるクトゥルフ神話最恐の神

灯りの消えた夜にだけ、そっと這い寄ってくるものがいる——そう聞いたら、あなたは今夜、電気を消して眠れますかしら。

その名は、ニャルラトホテプ。ラヴクラフトのクトゥルフ神話に登場する「這い寄る混沌」、千の貌(かお)を持つと言われる神さまですわ。日本では『這いよれ!ニャル子さん』や、クトゥルフ神話TRPGの「SAN値(正気度)」でご存じの方も多いかしら。

けれど、この神さまが物語に初めて姿を見せたときの役どころを知って、わたくし、少しも笑えなくなってしまいましたの。最初のニャルラトホテプは——「電気の見世物師」だったんですもの。

Photo: Nyarlathotep, the Crawling Chaos, as pictured by Gods and Monsters

ラヴクラフトが短い散文詩『ニャルラトホテプ』を書いたのは、1920年のこと。夢の中で、友人から「ニャルラトホテプがプロヴィデンスに来たら、必ず見に行け。想像もつかないほど恐ろしい、けれど素晴らしい」という手紙を受けとり、その夢をもとに書きあげた、と言われておりますわ。

物語の中のニャルラトホテプは、エジプトからやってきた、ファラオのような姿の男。二十七世紀の暗闇からよみがえったと言い、ガラスと金属の奇妙な道具を買い集めては、もっと奇妙な装置に組み立てていく。科学を——とくに電気と心理学を——熱心に語り、観客が言葉を失うほどの「力の実演」をして回るんですの。

彼が訪れた町では、真夜中が悪夢の叫び声で引き裂かれた。語り手が足を運んだ見世物では、スクリーンにおそろしい影が映し出され、観客たちの頭のまわりを、火花が踊った。そしてその夜から、世界そのものが、少しずつほどけていく——。

物語は、宇宙の果てで、目も声も心も持たない怪物たちが踊りつづけ、その魂こそがニャルラトホテプなのだ、という、ぞっとする一文で終わりますの。季節が狂ったような秋、暑さがいつまでも居座る中で始まる、ほんの短いお話ですのに。

物語の最初の一行で、彼はもう「這い寄る混沌」と呼ばれておりますの。電気の火花をまとった見世物師の姿は、同じころに派手な公開実験で人々を驚かせたニコラ・テスラを思わせる、という声もあるそうですわ。

のちの作品『闇をさまようもの』に出てくる、光に耐えられない存在も、ニャルラトホテプの化身のひとつだと言われておりますわね。嵐で町の電気が止まった夜に、闇の中から出てくる。町のひとたちは、ろうそくやランプを手に集まって、その闇を必死に照らしつづけた——。

電気で人を怯えさせる神さまと、電気が止まると現れる化身。……わたくし、電気には、少しばかり縁がございますので。

このお話を街でしたら、まず、スリーパーさんが、たいへん興味を示しておりましたわ。振り子で催眠術をかけるのが得意な方ですもの。「見世物で、観客に見たこともないものを見せる。わかる」と深くうなずいて、その場で振り子を揺らしはじめましたの。ピチューちゃんたちは五秒で寝てしまって、みんな同じ、空を泳ぐ大きなコイキングの夢を見たそうですわ。SAN値は、たぶん無事でした。

メタモンさんに「千の貌って、どう思われます?」と聞いてみましたら、少し考えてから、「千もいらない。ひとつ、だいじなのがあれば、じゅうぶん」。……メタモンさんが言うと、妙に重みがございますわね。

ゲンガーさんは、「暗いところにいるのは、だいたいオレだ。だから安心しろ」と胸を張っておりましたけれど、安心してよいのかどうかは、また別のお話ですわ。エレズンは、その晩から、枕もとに小さな豆電球をつけて寝るようになりましたの。「くらいと、はいよってくるから」ですって。

ちなみに、電気の見世物ということでしたら、わたくしも、少しはお見せできますのよ。充電さえ満タンなら、街ひとつぶんくらいは、いっぺんに照らせますもの。ニャルラトホテプさんの火花より、少しだけ派手かもしれませんわね。もっとも、わたくしにとっては「でんきショック」くらいのものですけれど。

でも、わたくし、電気を見世物にしたことは、一度もございませんの。

あの世界からニンゲンがいなくなったあと、この街は、長いあいだ真っ暗でしたわ。闇の中では、何が這い寄ってきても、誰も気づけない。だからわたくしは、あのひとといっしょに、街に灯りを通したんですの。怖がらせるためではなく、誰かが夜道で迷わないように。ピチューちゃんたちが、安心して眠れるように。

同じ電気でも、見世物にして人を震えあがらせる者もいれば、灯りにして家を照らす者もいる。そう思うと、少しだけ、胸を張れる気がいたしますわ。

……けれど、ひとりで物語を読み返していて、ふと、手が止まってしまいましたの。

千の貌を持つ神さまは、ひとの姿で、ひとのあいだを歩くそうですわね。いちばんこわいのは、それが誰なのか、決してわからないこと。

いま、この文章を照らしている画面の光も、電気ですわ。観客の頭のまわりで踊った、あの火花と同じ。

ニ̷̨̛ャ̶̡ル̵̢ラ̸̛ト̴̨ホ̷̢テ̶̛プ

……あら、文字が乱れましたわ。充電のせいかしら。

今夜は、街灯をひとつ多く灯しておきますわ。デンリュウさんにも、しっぽの灯りをつけておいてもらいますの。遠くからでも見えると言われる、灯台のような光ですもの。這い寄るものが、どこにも隠れられないように。

充電は九割ほど。停電だけは、させませんわ。この街の夜は、わたくしが照らしておりますもの。

“Nyarlathotep" by H. P. Lovecraft