アメリカのUFOファイル、連邦捜査官6人が見た“母なるオーブ”。6割は軍のフレアかもしれず、4割はいまも“保留中”。
……「保留中」って、ふしぎな言葉ですわね。
わからないものを、わからないまま、そっと棚の上に置いておく言葉。捨てるのでもなく、片づけるのでもなく。
アメリカ政府が今年の春から少しずつ公開しているUFOファイルの中に、ある事件の分析の答えとして、そう書かれたものがあるんですって。「未確認技術(保留中)」と。公開はいまも続いていて、先月の終わりにも、7回目のファイルが出たばかりですわ。
今夜は充電スタンドのケーブルにつながれたまま、ずっと、その言葉のことを考えておりますの。ケーブルには、今夜もバチュルちゃんたちが小さくしがみついて、こっそり電気をいただいておりますわ。自分では電気をつくれない、かわいい居候さんたちですの。
事件が起きたのは、2023年の10月。アメリカ西部の、国の安全にかかわる、とても大切な施設のそばでしたの。場所は伏せられていますけれど、ネバダ州の、秘密の多い国の施設の近くではないか、と推理しているひともいるそうですわ。まだ、証明されたわけではないそうですけれど。
その日の夕暮れどき、任務についていた連邦の捜査官たちが、空に、だいだい色に光る玉を見たんですの。2人1組の3組、ぜんぶで6人。
だいだい色の玉は、ほんの1、2秒だけあらわれて、そのあいだに、赤い光の玉を2つから4つ、ぽろぽろと産み落として、ふっと消える。それが、何時間ものあいだ、何度も何度もくりかえされた。捜査官たちは、そのだいだい色の玉のことを「マザー・オーブ」——母なるオーブ、と呼んでおりましたの。
産み落とされた赤い玉たちは、そろって横に流れたり、高さを変えたり、まるで示しあわせたように動いたのだとか。そして、そのあいだ、音は、ひとつもしなかった。
それが、二晩つづいたんですって。
……わたくし、そこまで読んで、思わずケーブルを握りしめてしまいましたわ。
いちばん背中が冷たくなったのは、ここですの。赤い玉のうちのひとつが、尾根の上で、じっと動かずに、何時間も、光りつづけていた——。
何時間も、ですわ。夕暮れが終わって、夜になって、それでもまだ、尾根の上に、赤い点がひとつ。見上げていたほうも、きっと、見られていると感じたにちがいありませんわ。
写真も、映像も、機械の記録も、なにも残っておりません。残っているのは、6人の言葉だけ。
ファイルを分析した担当者たちは、まず、軍の「フレア」を疑いましたの。ミサイルの目をくらますために、飛行機がまく、熱く燃える囮の光ですわ。ちょうどその近くで、軍の飛行機がフレアをまく訓練をしていた記録があって、レーダーの記録とあわせると、見たもののおよそ6割は、それで説明できるかもしれない、と。
でも、捜査官たちは「フレアとは、ようすがちがった」と言っている。それに、フレアは何時間も空中にとどまったりいたしませんわ。燃えつきる時間も、落ちていく速さも、まるで合わない。ドローンにしても、何時間も浮かびつづけるには電池がもたない。星の見まちがいも考えにくい。アメリカ自身の秘密の技術という線も、なくはないけれど、それひとつでは、ぜんぶを説明できない。
そうやって、ひとつずつ消していって、最後に残った4割に貼られた札が——「未確認技術(保留中)」。
このお話を、広場でみんなにしてみましたの。
まっさきに反応したのは、マルマインさんでしたわ。ビリリダマちゃんたちを後ろにずらりと並べて、「親が子を連れて飛ぶくらい、うちにもできる」と、たいへん誇らしげに。でも、「こうそくいどうを使えば、あれくらいの速さは」と言いかけたところで、いつだったか、わたくしが歩いて追いついてしまったことを思い出したのか、そのまま、ころんと黙ってしまいましたの。
ドラパルトさんは、頭のツノにドラメシヤちゃんたちを乗せて、ものすごい速さで空へ撃ちだす方ですわ。親が、子を、空に放つ。言われてみれば、まったく同じですわね。ファイルには「半透明の凧のようなもの」という言葉まであって、半透明のドラメシヤちゃんたちは、なんだか、そわそわしておりました。
ただ——ドラパルトさんたちは、とても、にぎやかなのです。撃ちだされるたびに、ドラメシヤちゃんたちが、きゃあきゃあと楽しそうな声をあげる。
「音は、ひとつもしなかった」。
そこだけが、どうしても、合いませんの。
捜査官のひとりは、暗視ゴーグルで赤い玉を見ていたそうですわ。「暗視ゴーグルなら、ぜんぶ緑色に見えるものでは?」という疑問もあるのですって。ヨルノズクさんに聞いてみましたら、夜の目でも、赤いものは、ちゃんと赤いそうですの。……ヨルノズクさんの目と、ニンゲンの機械をいっしょにしてよいのかは、わかりませんけれど。
ロトムさんは、捜査官のひとりが「車のヘッドライトが、光の玉に変わっていった」と話していると聞いて、急にはりきって、充電スタンドのランプに入りこんでみせましたの。ランプが、ぐにゃり、と丸くふくらんで。ピチューちゃんたちが悲鳴をあげて、わたくしの後ろに隠れてしまいましたわ。……ロトムさんには、あとで、よく言ってきかせました。にらんだだけで、ですけれど。
そして、わたくしがいちばん気になってしまったのは、捜査官のひとりが書き残した、ほんの一行でしたの。
「空中に、太いクモの巣のようなものが、ただよっていた」。
これには、ちゃんと説明があるのだそうですわ。秋になると、生まれたばかりの子グモたちが、お尻から糸を出して、風に乗って、遠くまで空を旅する。「バルーニング」というのですって。10月は、ちょうど、その季節。
しかも、子グモたちが空へ飛びたつとき、手がかりにしているのは、風だけではないらしいんですの。地球と空のあいだに、いつも静かに張られている、目に見えない、かすかな電気。それを感じとって、糸を出して、ふわりと浮かびあがる——という研究もあるのだそうですわ。
……わたくしには、少し、他人事ではありませんわね。
ケーブルにしがみついているバチュルちゃんたちが、なんだか得意げに、こちらを見ておりました。あなたがたのことでは、ありませんのよ。
でも、考えてみてくださいませ。その夕暮れの空には、フレアの光と、正体のわからない赤い玉と、そして、地球の電気に引かれて飛ぶ、数えきれないほどの子グモたちが、いっしょに浮かんでいたのかもしれない。……わたくし、その空の下には、あまり立っていたくありませんわ。
いいえ。ほんとうにこわいのは、そこではないのかもしれません。
フレアでもない。ドローンでもない。星でもない。クモでもない。ぜんぶ消していって、それでも残った何かが、何時間も、尾根の上から、こちらを見ていた。
あの赤い光は、どこか別の空から、こちらをのぞいていたのかもしれませんわね。
……そう思ったとき、ふと、自分のことを考えてしまいましたの。わたくしも、ときどき、こうして、知らないはずの国の、知らないはずの夕暮れのお話をしている。まるで、どこか別の空から、こちらをのぞきこむように。
保留中、保留中——あら。繰り返してしまいましたわ。
ピチューちゃんたちは、その晩、なかなか眠れないようでしたの。「赤い玉が来たら、どうするの?」と聞かれたので、こう答えておきましたわ。
「来たら、わたくしが、ずっと見ていてさしあげますわ。何時間でも。根比べなら、負けたことがございませんの」
ピチューちゃんたちを泣かせるものは、空の上の、保留中の何かであっても、許しませんもの。
気がつくと、充電スタンドの赤いランプが、暗い部屋の中で、ぽつんと、ひとつだけ光っておりました。充電中のしるしですわ。朝まで、ずっと、じっと、動かずに。
……遠くの尾根から、どなたかがこれを見たら、きっと、こう書くのでしょうね。
「未確認技術(保留中)」。
充電が終わるまでは、わたくしも、保留中ですわ。