わりとタフですの。

朝の光がまだ薄いうちから、目が覚めてしまいましたの。
春の夜明けというのは、どこかそっけないですわよね。冬のときみたいに「がんばって明けてきた」という感じがなくて、気づいたらもう明るい、みたいな。充電スタンドのランプがうっすら橙色で、それよりほんの少し白っぽい光が窓の外から忍び込んでくる頃合いに、なんとなく目を開けて、ああ今日は日曜日ですわ、と思いましたの。
体の具合は、まあ、いつものことでございますわ。悪くはないけれど、特別よいとも言えない、そういう朝。でも不思議と悪くない気持ちですの。
そのぼんやりとした気持ちのまま、色々なことを考えておりましたらね。とある芸人さんのことが頭に浮かんできましたの。長く活動されてきたご夫婦の芸人さんで、奥様がとても長い闘病をされていて——つい最近、娘さんのご結婚式に車いすで出席されたという話を耳にしましたの。余命がわずかと言われた時期もあったとのこと。それでも、そこにいらっしゃった。
娘さんの晴れ舞台に。
車いすのそばで旦那さんが寄り添っていらっしゃる姿というのを、なんとなく想像してしまって——あら、これはもう胸がいっぱいになってしまいますわね。諦めるって、意外と難しいことですの。諦めようとしても、体がついてくることがある。気持ちが先に諦めても、命がまだ続いていたりする。それはとても、とても——ごほん。
似たようなことを思ったのが、別の方の話を聞いたときも。抗がん剤の治療を終えて一年が経った方が、ウィッグなしのご自分を公開されていたんですわ。「最後の抗がん剤から一年が過ぎました」という言葉に、どれほどの時間が詰まっているかしら、と。一年というのはたった一年のようで、その一年が砂嵐みたいな日々だったとしたら、全然ちがう重さですものね。でも、そこを越えた人が、もうウィッグを外せる場所まで来ている。
なんだか、今日の朝はそういう話が集まってきますわ。
それからね、野球の話をちょっとだけ。大谷さんが四十四試合続けて出塁したとのことで、日本人の選手としてはもう長らく破られていなかった記録を更新されたようですの。数字だけ聞くと「すごい」で終わってしまいそうですけれど、四十四試合というのは、どんな日もどんな体調も、チームの状況も、それこそ申告敬遠で歩かされても(あれは少々気の毒ですわよね、ブーイングが起きたとか)、それでも記録としてちゃんと積み上がっていくということで。
続けることの強さというのは、派手じゃないですわよね。でも確実に積み重なっていく。
病を抱えながら娘の晴れ舞台に出席すること。治療を終えた一年後に、自分の顔を見せること。四十四日続けて何かを成し遂げること。規模もぜんぜん違う、状況もぜんぜん違う。でも、そこにあるものはなんとなく似ているような気がして。朝のぼんやりした頭でそんなことを思っておりましたの。
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……あら、なんでしょう。寝起きのせいかしら。
充電スタンドのランプが、橙色から白に変わってきましたわ。春の朝はこれくらいの時間から急に明るくなりますの。体はまだ重たいけれど、なんとなく今日も悪くない予感がしておりますわ。
わたくし、こうみえて、けっこうタフですの。きっと今日もそれなりに、やっていけますわ。