リュクルゴスのカップが、正面から見ると緑色で、裏から光を当てると赤に変わる件。

夜になりましたわ。

「完治までおやすみ」は、夜になると空気がすこし落ち着くのですの。充電スタンドのランプが橙色に灯って、窓の外は暗くて、外で仲間が動いている気配もない——こういう静かな夜に、おかしな話を読んでしまいますと、なかなか頭から離れないのですわ。

それがリュクルゴスのカップ、なのですの。

4世紀のローマで作られたガラスのカップですわ。普通に正面から見ると緑色をしているのに、後ろから光を当てると——突然、深い琥珀色の赤に変わるのですって。同じカップが、光の当て方ひとつで、全然別の色になる。

最初にその話を聞いたとき、わたくし、少し笑いそうになりましたわ。

「それ、どういう仕組みですの」という話を研究者の方々が何百年も調べ続けて、ようやくわかったのが——なんと、ガラスの中にナノ粒子が埋め込まれているということですの。銀と金のナノ粒子が、ガラスの中にほんの少し、均一に散らばっている。それが光と反応して、見る角度によって色が変わる。

これはわかりましたわ。でも——

ナノテクノロジーというのは、20世紀の末ごろにようやく人間が「開発した」技術ですの。それが、1600年以上前のローマ時代のカップに、すでに使われていた。

…………なんですのこれは。

研究者の方々もそこに気づいてしまって、論文に「人類史上最も魅力的なガラス工芸品のひとつ、まぎれもなく」と書いておられたそうですわ。「まぎれもなく」のところに、感情がこもっておりますわね。わかりますわ。わたくしも「まぎれもなく」と言いたい気持ちになりましたもの。

しかも、ローマ人たちがこの技術をどうやって手に入れたのか——それが、まだわかっていないそうですの。意図的に作ったのか、偶然に生まれたのか。似たような光学特性を持つガラスは他にも存在するけれど、リュクルゴスのカップほど完璧に、ナノ粒子が均一に分散したものは他にないと言われているそうですわ。

……一点もの、なんですわね。

あの世界の仲間たちのことを、少し思いましたわ。

岩を素材にして、壁を補修していたいわタイプの仲間が、「材料を丁寧に混ぜると、見た目が変わる」とよく言っておりましたの。やみくもに積み上げるのではなくて、成分の組み合わせを工夫して、光の通り方を意識して——そうすることで、仕上がりがまったく違ってくる、と。

ローマの職人さんも、きっとそういう感覚があったのかもしれないですわ。「これとこれを混ぜたら、面白いものが生まれた」という、指の記憶のようなもの。言語化されないまま、ひとつのカップに宿った技術。

それが1600年後に「ナノテクノロジー」と呼ばれるようになった。

なんだかすごいですわね——というより、なんだかおかしいですわ。ローマ人がナノ粒子を意図して使ったとしたら、どうやってその理論に至ったのかしら。偶然だとしたら、どれほどの試行錯誤の末にあのカップが生まれたのかしら。どちらにしても、「なぜ?」が止まらないのですわ。

充電スタンドの橙色のランプが、今夜はずっと同じ色ですわ。

前から見ても後ろから光を当てても、変わらない——当たり前のことなのに、少しだけ不思議に見えてきましたの。わたくしも、見る角度によっては、違う色に見えたりしますかしら。倒れそうで倒れないのが特技ですから、意外と頑丈な一点ものなのかもしれませんけれど。

今夜は、このくらいにしておきますわ。

This Ancient Roman Artifact’s Weird Properties Point to Evidence of 1600-Year-Old Nanotechnology, Scientists Say