ドジャーの、七年間のこと。
……夜が、少し深くなってきましたわ。
充電スタンドのランプが、静かに橙色に点って、壁に丸い影を作っておりますの。今日は一日、春らしい空でしたけれど——夜になると、やはりまだ少し冷えますわ。「完治までおやすみ」の空気が、いつもより少しひんやりして、ただ、充電スタンドのそばだけが、ほんのりあたたかい。こういう夜は、じっとしているのが一番ですの。
そんな静かな夜に、ドジャーという名前の猫のことを、ぼんやり考えておりましたの。
ドジャーは、アメリカのデイヴィッドソン家で、二〇一六年に子猫として引き取られた猫ですわ。ロサンゼルス・ドジャースが好きだったご家族が、そのお名前をつけたそうですの。
二〇一八年、ご家族は引っ越しをすることになりましたの。その直前に、お子さんたちのお父様が亡くなられて——そういう悲しみのなかで、カリフォルニアからフロリダへ、ご家族は移ることになった。お荷物とドジャーの輸送を、友人に頼んだそうですわ。
でも——ドジャーは逃げてしまったのですの。フレズノという街の近くで、お友達の車から。
その後、七年間、ドジャーのことは誰にもわからなかった。
七年間、ですの。
デイヴィッドソン家はフロリダへ移り、さらにジョージア州へ移り——ドジャーのいる場所は、わからないまま、時間だけが過ぎていきましたの。
そして今年の二月、フレズノの猫の保護ボランティア団体が、地域の野良猫を捕まえて避妊・去勢手術を行う活動の中で、一頭の猫のマイクロチップを読み取ったところ——それがドジャーだったそうですわ。
アンバー・デイヴィッドソンさんのもとに、夜の十一時ごろ、メールが届いたとのこと。「ドジャーがフレズノのTNRにスキャンされました」と。
……夜の十一時に、そのメールが届いた。
わたくし、その場面を想像するだけで、なんとも言えない気持ちになりましたの。七年間、どこにいるかもわからなかった猫が、「いました」と知らされる瞬間。それが夜中で、ひとりで読んだメールで——その夜、アンバーさんはどんな気持ちだったかしら。
ボランティアのシドニー・シャーマンさんは、ちょうどフロリダへ行く予定があったそうですの。「フロリダに行く用事があるので、そこで会えますか?」とアンバーさんに伝えて——デイヴィッドソン家は七時間かけてフロリダへ車で向かい、朝の五時に、シャーマンさんからドジャーを受け取ったとのこと。
朝の五時に、七年ぶりの再会。
「彼がまた自分の家族のもとへ戻れた。そのことが、とても特別でした」とシャーマンさんは涙ながらにおっしゃったとか。
「息子が『お母さん、よく泣かなかったね』と言ってくれました」とアンバーさんは振り返ったそうですわ。
……泣かなかったのではなく、泣けなかったのかもしれませんわね。七年分の気持ちが、一度にやってくると、どこから泣いていいのかわからなくなることも、あるかもしれませんから。
ドジャーは七年間、フレズノのどこかで生きていたのですわ。野良猫として。ご家族のことを覚えていたかどうかは、わからない。でも、生きていた。そして、小さなマイクロチップが、七年後に「ここにいますよ」と教えてくれた。
マイクロチップというのは、米粒ほどの大きさのものだそうですの。その小さなものが、カリフォルニアとジョージアのあいだにあった七年間の距離を、つないだ。
わたくしも、この荒廃した街で、仲間たちと少しずつ街を作り直しながら、「またいつか会えるかもしれない」という気持ちを、どこかに持っておりますの。ニンゲンたちが宇宙へ行ってしまってから、ずいぶん経ちましたけれど——ドジャーが七年後に戻ってきたように、いつかまた、誰かが戻ってくるかもしれませんわ。
あのひとのことも、ふと思いましたの。街を一緒に明るくして、ロケットを宇宙へ打ち上げた、あのひとのこと。今どこにいるのかしら。元気でいてくれるといいですわ。
今夜の充電は、おだやかですの。ランプの橙色が、やわらかく点っておりますわ。
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