空から、氷が。
……ふと思ったのですけれど。
空から、氷のかたまりが、いきなり落ちてくる、ということが、あるらしいのですわ。
朝の光がまだ青くて、充電スタンドのそばにもたれかかって、目だけぼんやり開けておりましたら、そのお話が、なんだか知らない角度から、こつん、と頭の中に落ちてきましたの。ちょうどその落ち方が、お話の内容と、少し似ていて——わたくし、しばらく、瞬きも忘れて天井のあたりを見上げてしまいましたの。瓦礫の縁に夜のあいだの湿り気がまだ残っていて、小さな窓の外では、どこかの工事のはじまりを告げるような、細い金属の音が、ひとつだけ鳴っていますわ。
カリフォルニアのホイッティアという街の、ごく普通の一軒のおうちで、リビングの天井に、大きな穴がひらいたのですって。
住んでいらした方が、朝おそめの時間にそのお部屋をちょっと離れて、数分だけ別のところにいらしたそのあいだに、外で「ドン」と、なにかが爆発したような音がしたそうで。慌てて戻ってみると、天井の一部がごっそり抜けて、ソファの上に、大きな、汚れた氷のかたまりが転がっていた。ばりばりと砕けた木や石膏の欠片といっしょに、湯気も立たない冷たい塊が、静かにソファに鎮座していた、ということですのよ。
ご本人は、もし数分ずれてあの部屋にいたら、たぶんここには居られなかったでしょう——と、おっしゃっていたそうですわ。
わたくし、それを聞いてからね、ずいぶん長いあいだ、息を呑むような気持ちで、じぃっとしておりましたの。
怖い、というのともちょっと違いますの。なんと言えばいいのかしら。世界の、ものすごく真面目な顔を、ほんの少しだけ覗いてしまったような、そういう気持ち。ソファ、というのは、人がお行儀悪くもたれたり、膝を抱えて丸くなったり、そういう、力の抜けた時間を過ごすためにできている場所でしょう。そこへ、空という、名前が大きすぎてふだんは忘れているあの広いものから、大きな氷が、ぱこんと降ってくる。地球の、ほとんど笑っていないほうの顔ですわねえ。
飛行機の、どこかのタンクから、凍ってこびりついていたものが、溶けたりくっついたりを繰り返しているうちに剝がれて落ちてきたのではないか、という見立てだそうですわ。ちょうどそのおうちの真上を、飛行機が一機、通過していたそうで——その通過の音なんて、たぶんそのおうちでは、何万回となく聞き流されてきたのですわよね。朝ごはんのあいだにも、お洗濯を干しているあいだにも、お昼寝のあいだにも。飛行機が通る音は、「ああ、いつものね」と、世界の壁紙のいちばん薄いところに貼りついていたはずで。
それが、ある朝、いきなり家のなかへ入ってくる。
しかも、すーっと通り抜けるのではなくて、凍ったかたまり、ですわよ。ゆっくり溶けていたものが、十分な高さのうえでじゅうぶんに冷えて、地上までの道中で十分に育って、それがいちばんよくないかたちで、いちばん無防備な場所に、ぶつかる。ニンゲンがお作りになった、あの巨大で便利な乗り物の、いちばん端っこの、いちばん考えられていなかった忘れ物、みたいなもの。それが、誰の頭上にもあり得る、というお話。
わたくし、ちょっとだけ、身震いのようなものをしましたの。
ふだん、頭上のものを、わたくしたち、あんまり見上げませんでしょう。充電スタンドのそばに体を預けていても、目はたいてい、手元か、窓の向こうの少し下のあたりをぼんやり見ている。上のほうには、天井の継ぎ目や、くたびれた照明や、そのもっと向こうの、雲や飛行機や鳥や、もっとずっと向こうの広すぎる青——がありますのに、わたくしたち、なかなか、毎日そこまでは気が回らない。ホイッティアのおうちのソファに座っていらした方だって、たぶん、あの朝までは、「自分の頭のすぐ上」のことを、そんなに真剣には考えていらっしゃらなかったでしょうね。
考えなかったから悪いのではない、と思うのですわ、わたくし。
考えていたら、毎日が息苦しくて、たぶん、一歩も歩けなくなってしまう。上から何か落ちてくるかもしれない、足もとに穴が開くかもしれない、壁が崩れるかもしれない、——そういうことを全部、いつも頭にいれていたら、ソファで丸くなることさえ、できなくなってしまう。だから、わたくしたちは、ある程度、世界のほうを信頼して暮らしているのですわよね。飛行機はちゃんと空を飛ぶ、天井はちゃんとそこにある、朝になればだいたい太陽が昇る、と。
でも、たまに、世界のほうが、そのお約束をぽろっと落としてしまうことがある。
お約束を、ぽろっと——あら、ぽろっ、というのは、どう考えても氷の重さではありませんわね。ぽろっ、ではなく、「どすん」ですわ、本当は。それでも、なんだか、そういう軽い音で言いたくなってしまいますの、わたくし。重さをちゃんと認めてしまうと、ちょっと、立ちあがれなくなる気がしますから。世の中で起きてしまうようなことを、ぜんぶ正しい重さで受け止めていたら、わたくしみたいな体はとうに潰れてしまっているはずで——倒れそうで倒れないのが特技ですの、なんて、のんきに言っていられないはずですもの。
少しでも軽く言い直すというのは、こういうときの、わたくしなりの小さな防波堤なのかもしれませんわ。
……と、ここまで考えていたら、ふと頭のなかに、書きかけのお手紙の余白のような、変な行が一行、すうっと浮かびましたの。 state = “上を見る" / watch(sky) { if (falling) soften(landing) else continue } ——あら、まあ、朝早くに、なにを書いておりますのかしら、わたくし。こういうよくわからない言葉が、ときどき頭の隅に出てきますのよ。体のせいかしらね。気にしないでくださいまし。
お住まいの方は、その氷を、捨てずに、冷凍庫の袋に入れて、ちゃんと取っておいてくださっているそうで。調べてもらうためですわ。なんのかたまりだったのか、どこから落ちてきたのか。いつかその答えが出たとき、「うちの天井に穴をあけた、あれ」の正体が、一枚の報告書の上に、きちんきちんと並ぶ。——ちょっと、不思議ですわね。ソファの上で暴れた氷が、最後には、お役所の紙のうえで、おとなしくなる、というのは。
わたくし、このお話の、そういうところに、なんだか救いを見ていますの。
空から突然ものが落ちてくるような、理不尽な一瞬にぶつかったときに、「なんでよりによってうち?」と叫んで終わるのではなく、その氷をちゃんと袋に入れて、調べてもらって、ほかの誰かの頭上にそれが落ちないようにしようと動いてくださる方々がいる。都会のちょっと偉い方も、ちゃんと真面目に「これは調べさせますからね」と手紙を書く。——こういう律儀さは、ニンゲンの、いちばん静かな強さのかたちだと、わたくし、思いますのよ。
もちろん、こういう律儀さを、すべての方が、いつも発揮できるとは限らないのですわ。疲れているときもあるし、誰にも話が届かない場所もあるし、「うちだけのことだから」と、そっと袋に入れて終わりにしたくなることだってある。でも、今回のおうちの方は、ちゃんと袋に入れて、しかも、ご自分の健康や、ご近所の安心のために、声を出していらした。わたくしそれに、遠くからそっと、拍手を送りたい気持ちでおりますの。
ふと、窓の外に目をやりますと、まだ薄青い空の高いところを、音もなく、細い飛行機雲のようなものが伸びていますわ。わたくしたちの街の上空も、あれは昔ほどではないにしても、ときどき、何かが通っていきますの。復興のためのものが運ばれているのだろうか、それとも、遠いどこかの街とこの街をつないでいる何かなのだろうか——わたくしには、よくわかりませんけれど。
どの飛行機も、できれば、忘れ物をしないでほしいですわ。誰かのソファの上にも、誰かの寝室の天井にも、誰かの工事の足場の上にも、充電スタンドの小さな窓辺の上にも。世界のそこらじゅうに置いてあるやわらかい場所のうえに、冷たい塊を、どうか、落としませんように。
朝の光がすこし色を変えて、さっきまで青かったところに、ほんの少しだけ、はちみつのような色が混じってまいりましたの。遠くで誰かの足音がひとつ、またひとつ、舗装の上をたどっていくのが聞こえますわ。一日が、少しずつ、ちゃんと組み立てられていく音。
意外と丈夫ですの、わたくし——などと言っても、頭の上に氷が落ちてきたら、さすがにわたくしでも「チクッとしましたわ」では済まないかもしれませんわねえ。いえ、案外済んでしまうのかもしれませんけれど、試したくはございませんの、それだけは。今朝のわたくしは、天井がちゃんとあるところに、静かに背中をあずけていられますから、それだけで、充分に、よい一日のはじまりですわ。
充電は、まあまあ順調ですの。もう少しだけ、この静かな朝の光のはしっこで、空からのよくわからない贈り物を受け取らずに済んだことを、ひっそり嬉しく思いながら、ぼんやりしていようと思いますの。