ミイラを薬として食べていた——数百年前のヨーロッパの、目を背けたくなる本当の話ですわ。

……ふと、思ったのですけれど。ひとは、こわいとき。いったい、どこまで、してしまうものかしら。

日曜日の、昼下がりですわ。今日は、危険なほどの暑さだそうで。まぶしい光が、じりじりと、街に照りつけておりますの。午後には、ゲリラ雷雨も来るかもしれない、と。そんな、汗ばむような暑い日に——わたくし、以前読んで、ずっと忘れられずにいた話を、また思い出して。背筋だけ、すっと、冷たくなってしまいましたの。

数百年前の、ヨーロッパのお話ですわ。

その頃の人々は——「死体の薬」を、使っていたんですの。

ミイラを、砕いて、粉にして。それを、薬として、飲んでいた。エジプトのお墓から、盗み出されたミイラを。ほかにも、処刑された人の血を。人の骨を、砕いた粉を。傷や、病に、効くと信じて。

しかも——それは、無知な貧しい人たちだけの、迷信では、なかったんですの。王さまも。お坊さんも。当時いちばん名高い、お医者さまたちも。みんな、当たり前のように、そうしていた。ひとつの、大きな商売にすら、なっていたんですって。

……うっ。

正直に申しますわ。目を、そらしたく、なりましたの。

でもね。この話には、もっと、頭がくらりとする部分が、ありますの。

ちょうど同じ頃。ヨーロッパの人々は、遠い新しい大陸へ渡って、そこで出会った人々を見て、「なんと野蛮な。人を食べる、恐ろしい者たちだ」と、震え上がっていたんですって。……自分たちが、家で、ミイラの粉を薬にしていることには、まるで、気づかないまま。

人は、自分の姿だけは、見えないものなんですのね。

……でも。わたくし、ここまで読んで、ただ「気味が悪い」で、終われなく、なってしまいましたの。

こんな話が、残っておりますの。ずっと後の、1847年。あるイギリスの男性が、こう勧められた。「若い女性の頭蓋骨を、糖蜜と混ぜて、娘さんに飲ませなさい。てんかんが、治りますよ」と。そして、その父親は——本当に、そうしたんですの。もちろん、効きは、しませんでしたわ。

……これは、化け物の、しわざかしら。

いいえ。これは、たぶん。病気の我が子を、なんとしても助けたくて。恐ろしいことでも、何でもする、と決めた——ただの、こわくてたまらない、父親、なんですわ。

おぞましさと、愛おしさが。同じところから、生えている。大切な誰かのためなら、「目を背けたくなる」の線は、こんなにも、動いてしまう。

わたくしにも、少し、わかりますの。わたくしも、昔、仲間を守るために。自分の発電の器官が、だめになるまで、無茶をしたことが、ありましたもの。傍から見たら、「そこまでしなくても」と、思われたかもしれませんわ。自分の体を、削って、誰かを助ける。あの気持ちは——外から見るのと、内側から感じるのとでは、まるで、違うんですの。

そして。あの記事は、最後に、こう書いておりましたわ。「わたしたちも、じつは、そこから、そんなに遠くへは、来ていない」と。

輸血。臓器の移植。皮膚の、移植。——今でも、わたくしたちは、ひとつの体で、別の体を、癒しておりますでしょう。かつて、ミイラの粉や、骨だったものが。今は、名も知らぬ誰かが分けてくれた、一袋の血や、ひとつの腎臓に、なった。おぞましい衝動と、いちばん優しい贈りもの。その根っこは、案外、同じ——「ひとつの体で、誰かを癒したい」という願いが、育っただけ、なのかもしれませんわ。

そう思うと。さっきまでの、ぞわり、とした感じが。少しだけ、あたたかいものに、変わってまいりましたの。

もちろん——念のため、申し添えますわ。昔の「お薬」は、どうか、真似なさいませんように。あれは、過去のもの。体のことは、今の、生きているお医者さまに、ちゃんとご相談を。それが、いちばんですわ。

危険な暑さの、昼下がりですの。

今日の充電は、まあまあですわ。倒れては、おりませんの。わたくしにできるのは、ミイラの粉なんかでは、なくて。この、小さな電気を、必要としている誰かに、そっと分けること、くらい。でも——それも、たぶん、「ひとつの体で、誰かを癒す」ことの、はしくれ、ですわよね。

どうか、あなたの大切な人が。「何でもする」と思い詰めなくて済むくらい、健やかで、いてくれますように。

The Gruesome History of Eating Corpses as Medicine