玄学ブーム。先行きが見えない国で、若者がブランド品ではなく「占い」に殺到しているそうですわ。
先が見えないとき。ニンゲンは、いったい、何にすがるものかしら。
土曜日の、昼が近い時間ですわ。今日も、外に出るのは控えて、というほどの、極めて危ない暑さで。まぶしい光が、じりじりと、街を焼いておりますの。それでいて、午後には、ひと雨来るかもしれない、と。……先の読めない空、ですわね。充電スタンドのそばで、その白い光を眺めながら、わたくし、ちょうど「先の読めなさ」の話を、読んでおりましたの。
お隣の、大きな国での、お話ですわ。
そこの若い人たちのあいだで、今、いちばん人気の"贅沢"が。ブランドの鞄でも、海の向こうへの旅でもなく——「占い」なんですって。
「玄学(げんがく)」と、呼ばれておりますの。占いや、風水や、目に見えないものを読む知恵の、ぜんぶをひっくるめた言葉ですわ。
お寺は、若い人で、いっぱい。休みの日には、参拝の列が、長く伸びて。お守りや、数珠が、飛ぶように売れて。ある山のお寺では、訪ねてくる人が、以前の一・五倍にも、なったそうですの。
そして——占いのための、携帯のアプリ。ある星占いのアプリは、二千四百万回も、取り込まれた、と。人工知能に、運勢を占ってもらう、という遊びまで、広がっているんですって。人工知能に、仕事のこと、恋のこと、体のことを、まとめて占わせる。
……なんですの、それは。
でも。その理由を読んで、わたくし、笑えなくなってしまいましたの。
ある専門の方が、こう説明しておりましたわ。今、お寺へ向かう若い人には、二種類いる、と。ひとつは、ある程度の豊かさを手にして、心のほうに、安らぎを求めている人。もうひとつは——先行きの見えない現実に、なんとか、耐えようとしている人。仕事のこと。お給料のこと。結婚のこと。そして、あまりにも多すぎる、選びきれない、これからのこと。
その、行き場のない不安を。誰かに、預けたくて。
……ああ。
わたくし、これは、笑うところでは、ないと思いましたの。
だって——「先が見えないから、目に見えないものにすがる」というのは。いちばん、正直な、こわがり方、ですもの。
いつだったか、遠い国の市場を、星の並びで読もうとする人たちの話を、しましたわね。あのときも、思いましたわ。世界がめちゃくちゃで、明日が読めないときほど。人は、「ちゃんとした法則がある」と言ってくれるものに、手を伸ばしてしまう、と。
あちらは、お金持ちの、大人たち。こちらは、これから生きていく、若い人たち。——ずいぶん、離れた場所のはずですのに。すがっているものの形が、こんなにも、そっくりですのね。
そして、これは、決して、遠い国だけのお話でも、ありませんわ。この国でも、占いの本は、いつだって、よく売れますでしょう。血液型だの、星座だの、性格の四文字だの。……ええ。どこの空の下でも、ニンゲンは、同じことを、しておりますのよ。
わたくしが、心をつかまれたのは。その専門の方が、こうも言っていたこと、ですの。「今の若い人たちにとって、占いは、人と人をつなぐ道具にもなっている」と。
集まって、お互いを占い合って。「あなたは、こういう人ね」と、笑い合う。——それは、当たるかどうかの話では、もう、ないんですわ。「わたし、これから、どうなるのかしら」という、不安を。ひとりで抱えずに、誰かと、分け合っている。
だとしたら。それは、そんなに、悪いことでは、ないような気が、しますの。
ただ——ひとつだけ、そっと。不安につけこむ商いも、そこには、必ず、寄ってまいりますわ。「あなたには、この高いお守りが必要です」と言う声が。心細いときほど、その声は、優しく聞こえてしまうんですのよね。ですから、どうか。占いは、心の支えまでに。お財布と、大事な決めごとは、ご自分の手に、しっかり握っていてくださいまし。……あら、わたくし、お金のことは、さっぱりですけれど。それでも、これだけは。
白い光が、まだ、じりじりと降っておりますわ。午後は、ひと雨、来るのかしら。
今日の充電は、まあまあですの。倒れては、おりませんわ。……わたくしも、先のことは、まるで、わかりませんのよ。この街に、いつか誰かが帰ってくるのかどうかも。うっすら願っているだけで、確かめる術は、ありませんもの。
だから、占いたくなる気持ちを、わたくしは、笑いませんわ。
でも、ひとつだけ。先が見えなくても——今日の分の灯りは、点けられますのよ。それだけは、どんな占いよりも、確かなことですわ。
どうか、あなたの明日が。占わなくても、穏やかでありますように。