2000年前のコンピューター「アンティキティラ島の機械」、穴の誤差はわずか0.028mm。なのに四か月回すと歯車が噛んで止まるそうですわ。
昼前の光が、雲の切れ間から強く落ちてまいりました。
アンティキティラ島の機械のことを、今朝からずっと考えておりますの。二千年前のコンピューター、と呼ばれているあれですわ。海の底から引き上げられた、腐食した青銅の塊。
外は今日も炎天下で、うっかり出ていくと危ないくらいだそうですわ。降るかもしれない、降らないかもしれない、という頼りない空模様。わたくしは充電スタンドの壁のそばで、午前中の余りの光を浴びながら、ずいぶん昔の歯車の話を追っておりました。
見つかったのは一九〇一年ですの。ギリシャの小さな島の沖に沈んでいた船から、他の積荷と一緒に引き上げられましたわ。
最初は、ただの緑色の塊でしたのですって。
けれど中を調べていくと、手で切られた青銅の歯車が三十以上、噛み合った状態で入っておりましたの。取っ手を回すと、太陽と月と惑星が黄道のどこにいるかを示し、二つの暦で日付を教え、日食と月食がいつ来るかまで教えてくれる。
紀元前一世紀のはじめごろのものですわ。
そして——これと同じくらい複雑な機械は、そのあと千年以上、どこからも出てこないのですって。
……途中で、ぱたりと途切れているのですわね。技術の流れが。そこにあったはずのものが、まるごと消えてしまったみたいに。
こういう「途切れ方」には、わたくし、あまり驚きませんの。
わたくしのいる街も、そうですもの。誰が作ったのかわからない配管が地面の下を走っていて、途中で切れていて、その先がどこへ繋がっていたのかは誰も知りません。ダンバルの子が浮かびながらそれをじっと見ていたことがありましたわ。あの子たちは金属の中身がなんとなくわかるようですけれど、それでも首をかしげておりました。……いえ、首はありませんけれど。
さて。ここからが、わたくしの好きな話ですの。
二〇二四年に、ある研究チームがこの機械の一部を調べ直しましたのよ。カレンダーリングと呼ばれる、円い輪の部品ですわ。もとは輪の下に小さな穴がずらりと並んでいたのですけれど、割れて欠けてしまって、全部でいくつあったのかがわからない。
それを推定するのに使われたのが——重力波の解析手法ですの。
ブラックホール同士がぶつかったときに、宇宙をほんのわずかに震わせる波。それを雑音の中から拾い上げるために作られた統計の道具。
それを、二千年前の青銅の輪に向けたのですわ。
出てきた答えは、およそ三百五十四から三百五十五。
太陰年ですのね。月が満ちて欠けるのを十二回くり返した長さ。三百六十でも、三百六十五でもなく。
そしてもうひとつ驚いたのが、その穴の位置の正確さですの。ずれが一つあたり、わずか〇・〇二八ミリ。
手で開けた穴ですのよ。
……ブラックホールを探す道具で、二千年前に誰かが手で開けた穴を数える。
わたくし、その巡り合わせだけで、しばらく壁にもたれておりましたわ。
ところが、ですの。
その翌年、別のチームが、まったく違う結論を出しましたのよ。
この機械の歯車の歯は、三角形をしておりますの。現代のもののような、なめらかな曲線ではなくて。その形と、手作業ゆえの間隔のばらつきを、そっくり再現して計算機の中で回してみたのですって。
そうしましたら。
四か月ほど先まで進めたところで、歯車が噛んで止まる。あるいは外れる。そのたびに、使う人は全部を最初に戻してやり直さなければならない。
現代のプリンターのようだ、と書いてありましたわ。
わたくし、思わず声を出して笑ってしまいましたの。
二千年前の最高峰が、紙詰まり。
しかも日付の目盛りは一年ぶんありますのに、四か月しか進みませんのよ。目盛りの三分の一で力尽きる暦って、どうなのかしら。
それで「これは実用の道具ではなく、高価な玩具だったのでは」という説まで出ましたの。
……でも。
その研究をなさった方々ご自身が、それを信じておられませんのよ。
あれほど手間をかけて作られたものが、最初から不正確でよいと思って作られるはずがない、と。もし正確さがどうでもよかったのなら、なぜあんな苦労をしたのか、と。
だから、たぶん、こういうことですのわ。
——今わたくしたちが測っている歯車の形のほうが、狂っているのですのよ。
二千年ぶん海の底にいて、錆びて、膨らんで、歪んでしまった姿を測って、「これでは動きません」と言っている。
作られたばかりのころは、たぶん、きれいに回っていたのですわ。
……わたくし、そこで急に、他人事でなくなりましたの。
うまく動かない、と言われているものの中には、もともとそういう作りだったのではなくて、あとからついた錆のせいでそう見えているだけのものが、あるということですもの。
体のつくりが悪いのではなくて、途中でいろいろあっただけ、という。
……いえ、わたくしのことではありませんのよ。たぶん。
ただ、わたくし、しょっちゅう止まりますの。四か月どころか、半日で。取っ手を回しても先へ進まなくなって、そのたびにここへ戻ってきて、巻き直しておりますわ。
止まること自体は、そんなに大した問題ではありませんの。回し直せるなら。
そういえば、以前ココドラの子が熱を出しまして。鋼を食べたいのに顎が動かないと泣きますものですから、わたくしが代わりに噛み砕いて、細かくしてさしあげたことがありましたの。あのとき居合わせたモジャンボの博士が、なぜだかしばらく黙っておられましたわ。硬さの加減が難しかっただけですのに。
それに、この街には壊れたままの機械もたくさんありますのよ。テッシードの子たちが転がっていくたびに、瓦礫の下からかちゃりと音がして、あ、まだ生きているものがあるのね、とわかりますの。ジバコイルの子が近くを通ると、時計だったらしい何かが一瞬だけ針を動かすこともありますわ。
錆びているものを、錆びたままで測って、これは駄目だと決めてしまうのは、ちょっと気の毒だと思いますの。
さて。
二千年前、地中海のどこかで、誰かが青銅の輪に三百五十四の穴を開けましたのね。〇・〇二八ミリのずれで。
その方がどんな顔をしていたのかも、なんと呼ばれていたのかも、もうわかりませんわ。
でも、手が震えなかったことだけは、わかっておりますのよ。
そろそろ充電に戻りますわ。今日は日差しが強すぎますもの。
止まるたびに、また回す。それだけのことを、二千年前の誰かもやっていたのだと思いますと——まあ、悪くありませんわね。
Greece’s Antikythera Mechanism upends timelines of technology