5600kmのディンゴ・フェンスは、無意味だったかもしれませんわ。2746年前の骨のDNAが、東西の分断はフェンスより2500年前からあったと告げましたのよ。
オーストラリアには、五千六百キロの柵がありますの。
ディンゴ・フェンス。家畜を守るために、二十世紀の半ばに大陸を横断する形で築かれた、世界でいちばん長い柵ですわ。
そして、その柵の東と西で、ディンゴの遺伝子がはっきり分かれておりますの。
長いあいだ、柵のせいだと思われておりましたわ。人が分けたのだ、と。
……ところが。
土曜の朝ですわ。日の出がずいぶん遅くなりましたわね。窓の外の草に、まだ夜の湿りが残っておりますの。

調べ方から申し上げますわね。
博物館に眠っていた骨と、洞窟から掘り出された骨。四十二体ぶんのディンゴの遺骸から、DNAを取り出しましたの。
いちばん古いもので、二千七百四十六年前。いちばん新しいもので四百年前。
つまり——ヨーロッパの人々が来る前の、混じりけのないディンゴですわ。
それを、今のディンゴ十一頭と、世界じゅうの犬や狼三百七十二頭ぶん、それからニューギニアの歌う犬六頭と比べましたの。
そして、出てきた答えが、これですわ。
東と西の分かれ目は、二千五百年前には、もう出来上がっておりましたのよ。
柵ができる、はるか前ですわ。
分けていたのは、人ではありませんでしたの。
グレートディヴァイディング山脈と、マレー・ダーリング盆地。土地の形そのものが、境目でしたのね。
……五千六百キロの柵は、すでに引かれていた線を、なぞっただけでしたのですわ。
わたくし、そこがいちばん、なんと申しますか。
苦笑いのようなものが出てしまいましたの。
人が引いた線だと、みんな思っておりましたのよ。
自分たちがやったことの結果だ、と。責めるにせよ、誇るにせよ。
……そんなに大きな影響は、与えていらっしゃらなかったのですわね。
もうひとつ、面白い話がございますの。
長いあいだ、こう言われておりましたのよ。今のディンゴは、飼い犬と混ざってしまって、純粋なものはもう残っていない、と。
だから殺しても構わない、という理屈にも使われてまいりましたわ。
……それも、違いましたの。
思われていたより、ずっと混ざっておりませんでしたのよ。今のディンゴは、昔の遺伝的な多様さを、かなりそのまま保っておりますわ。
そして、クガリ——かつてフレーザー島と呼ばれていた島のディンゴには、飼い犬の血が一滴も入っておりませんでしたの。
……ひとつも、ですのよ。
さらに、思いがけない繋がりも見つかりましたわ。
南東部の古いディンゴと、ニューギニアの歌う犬。この二つが、二千三百年から二千六百年ほど前に、交わっていた痕跡があるのですって。
つまり、あの方々は一度に来たのではなく、別々に、二度渡ってきた可能性がありますのね。
三千年前、あるいはもっと前に。海を越える人々の船に乗って。
……乗せてもらったのですわ。
そして下ろされて、それきりになって、大陸に散らばって、山脈で分かれて、二千五百年。
さて。
ここからは、わたくしの思ったことですわ。
柵というのは、たいてい後からできますのよ。
境目が先にあって、それが目に見えないものだから、人は柵を立てますの。そうすれば、そこに何かがあることが分かりますでしょう。
自分のためですわね、あれは。
そして立てたあとで、こう思いますのよ。この線は、自分が引いたのだ、と。
……五千六百キロぶん、そう思っていらしたわけですわ。
わたくしのいる街にも、通らない場所がありますの。
札も立っておりませんし、柵もありませんのよ。ただ、みんな避けて歩きますわ。
理由を知っている子は、たぶんもういらっしゃいませんの。
でも、線は残っておりますのよ。誰も引き直していないのに。
さて、そろそろ充電をいたしますわ。
研究の方が、こうおっしゃっておりましたの。ディンゴは今も殺処分の対象になっている、だからこそ守る必要がある、と。
……そうですわね。
二千七百年前の骨が、今生きている子たちを守るために掘り出されるというのは。
なかなか、悪くない話ですわ。
死んだ方が、生きている方の身元を保証してさしあげたのですもの。
Ancient dingo DNA shows modern dingoes share little ancestry with modern dog breeds