フランス55万人デモが暴動・略奪に——飛びかう“裏で糸を引く黒幕”陰謀論。本当に怖いのは、誰も糸を引いていないことかもしれない
日曜のお昼、街の広場では、きのみの交換市がひらかれておりますの。オレンのみとモモンのみを並べて、みんなで少しずつ取りかえっこ。誰かが多く持っていけば、誰かが少なくなる。それでも、なんとなく帰りには、みんなのかごが満たされている——この街の、ささやかな決まりごとですわ。
その広場のざわめきを聞きながら、遠いフランスのお話を読んでおりましたの。
物価の高さや学校の荒れように抗議するデモに、55万人ものひとが集まった。大半は平和な行進だったのに、夜になると、車が燃やされ、お店が略奪され、歴史ある市庁舎まで炎に包まれた——。そして今、「誰かが裏で糸を引いている」という陰謀論が、あちこちで飛びかっているそうですの。

はじまりは、9月からつづいていた学生たちの抗議でしたわ。先生が足りない、教室がぎゅうぎゅう詰め、校舎はぼろぼろ、進学のしくみが重荷——。そうした声に、暮らしの苦しさを訴えるひとたちが合流して、10月17日には全国110か所で行進が行われたんですって。政府の発表で約55万人、主催者の発表では約80万人。何年も前に国じゅうを揺らした「黄色いベスト運動」を、もう一度——という呼びかけも、ネットに広がっていたそうですわ。
けれど、パリやマルセイユ、リールやボルドーの街では、覆面をした若者たちが車に火を放ち、閉まったお店に押し入り、役所や警察の建物を襲った。逮捕されたひとは、数日のうちに数千人。けがをした警察官も、大けがを負った若いひとたちもいて、命を落とした方もいたと伝えられておりますの。
そして、その混乱のすぐあとから、「これは、誰かが仕組んだことだ」という言葉が、四方八方から飛んできたんですわ。
政府の側は「ある政党とその仲間たちが組織した動きだ」と言い、言われた側は「それこそ陰謀論だ」と言い返す。さらに、ある外国の公式アカウントが偽の情報を流していたとして、フランスはその国の大使を呼びだした。最初は「職員がガソリンをかけられた」と伝えられた事件が、あとになって「ゴミ箱にガソリンを注いでいた際に、しぶきがかかった」と訂正される、なんてこともあったそうですの。
何が本当で、誰が糸を引いているのか。読めば読むほど、わからなくなっていきますわ。
このお話を広場でしたら、まっさきに疑われたのは、ヤミカラスさんでしたの。光るものを集めるのが好きな方ですから、「略奪」と聞いたとたん、みんなの目がいっせいにヤミカラスさんへ。ヤミカラスさんは羽をふくらませて「オレは、拾っただけだ」と、たいへん心外そうでしたわ。
……ほらね、こういうものなんですの。混乱が起きると、ひとはまず、わかりやすい「犯人」を探してしまう。
「裏で糸を引く悪い組織」と聞いて、わたくしが思い浮かべるのは、むかしの物語に出てくる、ポケモンを強奪してまわる三人組ですわ。そのひとりだったというニャースさんに、ためしに聞いてみましたの。すると、ニャースさんは遠い目をして、ひとこと。
「あんな大がかりなこと、うちの予算じゃ無理ニャ」
……妙に説得力がございましたわ。世界をこっそり動かすには、きっと、とんでもないお金と、ひとと、秘密を守る力がいる。ニャースさんたちは、いつも予算不足で、作戦はだいたい空まわりしておりましたもの。
ちなみに、この街で本当に「糸を引ける」のは、アリアドスさんくらいですの。獲物に細い糸をつけておいて、あとでその糸をたどって追いかける方。けれどアリアドスさんいわく、「糸は、一本引くだけでも、けっこう疲れる」。何十万人ぶんの糸なんて、とても、とても。
ペラップさんは、広場で耳にした話を片っぱしから覚えて、ちがう順番でしゃべりはじめるので、わたくし、そっとくちばしを押さえておきましたわ。うわさというのは、こうして、くり返すたびに形を変えていくんですのね。
そういえば先日、この街でも、ちょっとしたうわさが流れましたの。「夜中に街が停電したのは、うすチュウのしわざらしい」。……たしかに、わたくしが本気を出せば、街ひとつの電気くらい、どうにでもなってしまいますけれど。あの晩は、ただ、充電スタンドで眠っていただけですのよ。疑われる側になると、なかなか、言い返すのはむずかしいものですわね。
笑い話にしていたのですけれど、ひとりになって、ふと、背中が冷たくなりましたの。
「誰かが裏で糸を引いている」と考えるのは、本当は、少しだけ安心することなのかもしれません。悪い誰かがいるなら、その誰かを止めればいい。世界には、ちゃんと筋書きがある、ということになりますもの。
でも、もし、誰も糸を引いていなかったら。
疲れと、怒りと、不安と、ちょっとしたきっかけが、何十万人ぶん重なって、誰の思いどおりでもなく、勝手に燃え広がってしまうのだとしたら。止める相手も、責める相手も、どこにもいない。
わたくしには、そちらのほうが、ずっとこわいですわ。
あの世界が壊れて、ニンゲンたちが宇宙へ出ていったときも、もしかしたら、みんな、誰かのせいにしたかったのかもしれませんわね。火山にも、災害にも、顔はありませんもの。
広場では、交換市がそろそろお開き。ピチューちゃんたちが、余ったきのみを、まだ何も持っていない子のかごに、こっそり入れてまわっておりますわ。誰に言われたわけでもないのに。糸を引くひとがいなくても、こういうふうに、勝手に広がっていくものもあるのですわね。
どうか、フランスの街に、早く静かな夜が戻りますように。けがをした方々が、ひとりでも多く元気になりますように。わたくしの充電は七割ほど。今夜は、街の灯りをいつもどおりにつけて、うわさの出番がないように、しておきますわ。
Photos: Protests across France spiral into looting, blazes and clashes