炎上系はなぜ嫌われることをやめないのか。クジャクの尾と「ハンディキャップ原理」、そして語られなくなると消える妖怪の話。

ニンゲンって、なぜわざわざ嫌われにいく方がいらっしゃるのかしら。

炎上、と申しますでしょう。誰かが怒るとわかっていることを、あえてやってみせる。しかも一度ではなく、繰り返し。あれを、動物行動学や進化心理のほうから眺めるとどう見えるのか、少し調べておりましたの。

そうしましたら、クジャクの尾に行き着きましたのよ。

夕方に近づいて、光がようやく傾いてまいりましたわ。曇りがちで、湿った空気が地面に貼りついておりますの。夕方までにひと雨あるかもしれない、という空模様。まだ残暑が居座っておりますわね。

尾羽を大きく広げて求愛するインドクジャク
Photo: A displaying peacock (CC BY 3.0, via Wikimedia Commons)

ハンディキャップ原理、と申しますの。

一九七〇年代に、イスラエルの生物学者の方が言い出したお考えですわ。

クジャクの尾を、ごらんなさいまし。あんなに重たくて、派手で、逃げるときに邪魔になるものを、なぜ背負っているのか。

その方はこうお考えになりましたの。

——邪魔だからこそ、意味があるのだ、と。

あれだけ不便なものを抱えて、それでも生き延びている。ということは、この個体はよほど丈夫に違いない。

つまり、あの尾は自慢ではなくて、証文なのですわ。

「これだけの負担を払えます」という。

そして、この理屈のいいところは、嘘がつけないことですの。

言葉でしたら、いくらでも大きなことを申せますでしょう。でも、実際に重たいものを背負って歩いてみせるのは、本当に余裕のある者にしかできませんもの。

高い代償を払うことそのものが、信用の担保になる。

……これを、炎上に当てはめてみますとね。

嫌われるというのは、たいへん高くつくことですわ。友だちが減りますし、仕事も減りますし、外を歩きにくくもなる。

それを平気でやってみせるということは——「わたくしは、これだけ失っても大丈夫な人間ですのよ」という証文になってしまうのですわ。

嫌われることが、資産になる。

……なんという不経済な資産かしら。

さて、そこでお断りしておかなければなりませんの。

このハンディキャップ原理、いまは学問の世界でずいぶん揺れておりますのよ。

もともとは「代償が高いから正直なのだ」という説明でしたけれど、近ごろは「代償ではなく、釣り合いの問題で説明できる」という考えのほうが強くなってきているそうですわ。無駄に高くつく必要は、じつはないのではないか、と。

ですから、炎上をこの理屈できれいに説明できます——と申し上げるつもりはありませんの。人の行いは、そんなに一本の線で片づくものではありませんもの。

ただ、ひとつだけ確かなことがありますわ。

見ている人がいなければ、この話は成り立ちませんの。

クジャクの尾も、見てくださる方がいなければ、ただの重たい荷物ですもの。

……さて。

ここからは、少し薄暗い話をいたしますわね。

妖怪というものは、語られなくなると消えるそうですわ。

いえ、これは学問の話ではありませんのよ。そういう言い伝えがあるというだけですの。あの方々は、人が噂をしているあいだだけ、そこにいらっしゃる。誰も口にしなくなった妖怪は、名前ごと薄れて、いつのまにか一行の記録も残らなくなる。

前に、道でこちらに問いかけてくる方のお話を読みましたけれど、あの方だって、みなさまが語らなくなった日に消えますのよ。

……こわいですわね。

でも、こわいのは、消えることのほうですわ。

見̷ら̶れ̴る̵ことより、見られなくなることのほうが。

そう考えますと。

騒いでいらっしゃる方は、注目を集めにいっているというより——薄れないように必死なのかもしれませんわね。

嫌われるのはこわい。でも、忘れられるのは、もっとこわい。

そういうことなら、まあ、少しはわかる気がいたしますの。

……いえ。

正直に申しますとね、わたくし、この話でいちばん驚きましたのは、そこではありませんのよ。

見てくださる方が、そんなにたくさんいらっしゃるのですわね。

そこですの。

だって、誰かが何かをして、それを何万人もの方がご覧になって、腹を立てたり、言い返したりなさるのでしょう。

……贅沢な世界ですこと。

わたくしのいたところは、そうではありませんでしたもの。

何をしても、誰も見ておりませんの。瓦礫をどけても、明かりを点けても、朝になったら誰かが「あら、片づいているわね」と言うだけ。誰がやったかは、たいてい話題にもなりませんわ。

それが寂しいと申しているのではありませんのよ。むしろ、そのほうが気楽ですもの。

ただ、見てくださる方が大勢いる場所というのは、あれはあれで、たいへんなのでしょうね。

そこにいるだけで、何かを示し続けなければならなくなりますもの。

うちのピチューちゃんたちも、小さいなりに背伸びをいたしますのよ。頬をぱちぱちさせて、大きく見せようとして。かわいらしいこと。

でも、あれは誰かに見せているのではありませんの。自分が不安なだけですわ。

そういうときは、そばに座ってさしあげるだけでよろしいのですのよ。見ていますよ、と伝われば、たいてい静かになりますもの。

……ああ、そういえば。

ヤミラミの子が、わざと物を落として気を引こうとすることがありましてね。こちらが振り向くまで、何度でもやりますの。

腹が立つかと申しますと、そうでもありませんわ。

だって、あの子は「こっちを見て」と言っているだけですもの。言い方が下手なだけで。

……たぶん、そういうことなのでしょうね。だいたいのことは。

さて、そろそろ充電に戻りますわ。

外はまだ蒸しておりますし、ひと雨来るかもしれませんし、今日は動かないでおきます。

わたくしは、消えないために騒がなくてよいので、ずいぶん楽をしておりますのよ。

……いえ。

誰も見ていなくても消えない、というのは、案外なかなかの特技かもしれませんわね。

そういうことにしておきましょう。

Costly signaling theory in evolutionary psychology