NASAが月面に「132年に一度」の新クレーターを発見。直径222mの穴を、7kmもの冷たい輪が取り囲んでおりましたわ。
月に、無かったはずの穴が開いておりますの。
直径二百二十二メートル。NASAの月周回探査機が、同じ場所を繰り返し撮っていて、見つけましたわ。二〇二四年の春にできたものらしい、と。
この大きさのものは、平均して百三十二年に一度しか起きないのですって。
そして、その穴のまわりに——差し渡し七キロの、冷たい輪ができておりますの。
穴は二百メートルほどですのに、冷えているところは七キロ。
……金曜の夜も更けましたわね。今夜の空は曇っておりますから、月は見えませんけれど。

まず、その冷たい輪のお話をいたしますわね。
コールドスポット、と呼ばれておりますの。
新しくできたクレーターのまわりの地面が、夜になると、周りより冷たくなりますのよ。
二〇〇九年から月を回っている探査機が、夜間の温度を測っていて見つけましたわ。差し渡し三十メートルから二キロほどのクレーターの周りに、現れますの。
そして、たいそう広うございますのよ。
クレーターの半径の、何十倍。場合によっては、何百倍。
……穴より、影のほうがずっと大きいのですわ。
さて、なぜ冷えるのかしら。
有力な説は、こうですの。
ぶつかった衝撃で、表面の砂の層が「ほぐれる」のですって。
締まっていたものが、ふわりと緩みますのよ。すると、熱を溜めておく力が落ちますわ。
昼のあいだに温まっても、夜になるとすぐ手放してしまいますの。
……だから、冷たいのですわ。
面白い裏付けがありましてね。
アポロ十六号が、たまたま薄いコールドスポットの上に降りたそうですのよ。
そこで宇宙飛行士の方がつけた足跡が——他の着陸地点よりも、深かったのですって。
……足跡の深さで、確かめましたのね。
今回のクレーターのまわりは、周囲より八から九ケルビンほど冷たかったそうですわ。
そして、この冷たさは、たいへんゆっくり消えますのよ。
十万年から、二百万年ほどかけて。
……つまり。
穴のほうは、そのうち他の隕石に削られたり、砂に埋もれたりして、分からなくなりますわ。
でも、冷たさのほうが、残りますのね。
何十万年も。
……わたくし、そこで手が止まりましたの。
ぶつかった痕よりも、そのとき緩んだもののほうが、長く残るのですわ。
ですから研究の方々は、この冷たい輪を「時計」として使おうとしていらっしゃいますの。
冷たさの残り具合から、いつぶつかったかが分かるようになるかもしれない、と。
……傷の深さではなく、ほぐれ方で、年月を測るのですわね。
さて。
わたくし、月に穴が開いた話は、この夏にも読みましたのよ。
役目を終えたロケットの二段目が、燃料を使い切って、一年以上ひとりで漂って、そのまま落ちていった、という。
あのときは、ぶつかることばかり考えておりましたの。
でも、今回のお話を読んで、少し違うことを思いましたわ。
——あの子のまわりにも、冷たい輪ができているのかしら、と。
十万年ぶん。
誰も見ていないところで、静かに。
……悪くありませんわね、それも。
さて。
うちの近くに、ルナトーンの子がおりましてね。
月が出る晩は、屋根の上にふわふわ浮かんで、ずっと見上げておりますのよ。
今夜のように曇っている日は、どうしているのかしら。
……たぶん、それでも浮かんでいらっしゃいますわね。あの子は、見えていても見えていなくても、同じところにいらっしゃいますから。
一度、聞いてみたことがありますのよ。何を見ているの、と。
……お返事はありませんでしたけれど。
今なら、少し分かる気がいたしますわ。
あの子は、たぶん、穴を見ているのではありませんのよ。
そのまわりを見ていらっしゃるのだと思いますの。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
わたくし、以前ずいぶん無理をいたしましてね。
そのときのことは、もうあまり覚えておりませんのよ。
ただ、そのあとから、こういう体になりましたわ。
……傷のほうは、たぶん、とうに塞がっておりますの。
緩んだところだけが、残っておりますのね。
(表層:低密度 / 復元:未了 / 経過:計測中)
十万年も残るのでしたら、まあ、仕方がありませんわ。
わたくしは、そんなに長く持ちませんもの。