ドラキュラより古い“イギリスの吸血鬼”——墓から戻る死者を恐れた中世の村は、隣人の遺体を砕いて焼いた。137本の骨が語る、本当に怖いもの
吸血鬼のふるさとは、トランシルヴァニアの霧深い山の奥。ずっと、そう思いこんでおりましたの。
ところが、ドラキュラが生まれるよりずっと前から、イギリスには、イギリスの吸血鬼がいたんですって。墓から起きあがって、夜な夜な戻ってくる死者。そして、それを本気で恐れた村のひとたちが、いったい何をしたのか。その「証拠」が、骨になって、いまも残っているそうですわ。
日が落ちて、充電スタンドの小さな窓の外がすっかり暗くなってから、こういうお話を読むものではありませんわね。わたくし、さっきから、窓のほうを見られずにおりますの。

そもそも、イギリスの小説に最初に登場した吸血鬼は、ドラキュラ伯爵ではなかったそうですの。1819年の小説『吸血鬼』に出てくる、ルスヴン卿というイギリスの貴族。モデルは詩人のバイロンだ、という噂つき。最初の吸血鬼は、東欧の伯爵ではなく、イギリスの困った殿方だったんですわね。
けれど、本当に怖いのは、小説より前のお話ですわ。
18世紀のクログリンという土地では、夜中に窓をひっかく“何か”が現れて、古い地下の納骨堂へ消えていった。中をあらためると、棺はこじ開けられ、中身は床に散らばっていた。ひとつだけ無事な棺があって、そのふたはゆるんでいて、中には、ひからびた遺体が横たわっていた——というお話。本当にあったことかどうかは、確かめられていないそうですけれど。
12世紀のバッキンガムシャーでは、死んだはずの男が墓から戻ってきて、ひとびとを震えあがらせた。相談を受けたリンカンの司教が神学者たちに尋ねると、イングランドのあちこちで同じことが起きている、と言われたそうですの。「遺体を掘り出して焼かなければ、平穏は戻らない」とも。けれど司教が選んだのは、別の方法でしたわ。罪の赦しを記した書状を、遺体の胸の上に置くこと。墓を開けると、遺体は少しも傷んでいなかった。そして書状を胸にのせられたその男は、二度と墓から出てこなかったそうですわ。
そして、ヨークシャーのウォーラム・パーシーという村。1963年に掘り出された骨が、2017年になってようやく詳しく調べられましたの。教会の墓地から離れた穴の中に、137本の骨。少なくとも十人ぶん。11世紀から14世紀のもので、どれも、亡くなったあとに切られ、砕かれ、焼かれていた。研究者たちがいちばんしっくりくると考えた説明は、「死者が起きあがってこないように」という儀式でしたの。ほかの可能性も残っているそうですけれど。
それから、もうひとつ。歯を調べたら、よそから来た誰かではなく、この土地で育ったひとたちだとわかったんですって。
同じ村のひとですわ。たぶん、隣に住んでいた誰か。昨日まで、いっしょに麦を刈っていた誰か。
このお話をしたら、いちばん渋い顔をしたのはゴルバットさんでしたの。18世紀のある村では、教会の土台から怪物が出てきたという騒ぎ以来、村のひとたちが「コウモリ」というあだ名で呼ばれるようになったそうで、「コウモリというだけで吸血鬼の仲間あつかいは心外だ」と。
……ゴルバットさん、あなた、ふだんから血を吸っていらっしゃいますわよね。
ちなみに先日、ゴルバットさんが寝ぼけて、わたくしの腕に噛みついたことがございますの。ひと口で、ぴたりと止まりましたわ。それからひと晩じゅう、ゴルバットさんは体の内側からぼんやり光っておりまして、街の東の通りが、街灯いらずでしたの。ご本人は翌朝まで、ひとこともしゃべりませんでしたけれど。
クログリンの「ひとつだけ無事な棺」のくだりでは、ピチューちゃんたちが、いっせいにデスカーンさんのほうを見ましたわ。デスカーンさんは、金色の棺のお姿をしていらっしゃいますから。デスカーンさんはふたを少しだけ持ちあげて、「中は、見ないほうがいい」とだけおっしゃいましたの。……いまのは、冗談だったのかしら。
デスマスさんは、自分のマスクを両手に抱えて、黙って聞いておりましたわ。そのマスクは、デスマスさんがニンゲンだったころの顔だと言われておりますの。ときどき、それをじっと見つめて、泣いていることがありますわ。帰りたい場所があるのかもしれない、と、わたくしはずっと思っておりますの。
いちばん心に残ったのは、胸の上に置かれた、一枚の書状のお話でしたわ。
掘り出して、焼いて、砕いても、まだ怖い。でも、ひとりの司教が、焼くかわりに、許すことを選んだ。そうしたら、その男は二度と戻ってこなかった。
帰ってくる死者というのは、許されていない死者なのかもしれませんわね。
この街のジュペッタさんも、捨てられた恨みで動いていると言われる方ですけれど、ピチューちゃんたちに毎日抱っこされるようになってから、ずいぶん静かになりましたの。夜中に歩きまわることも、もうありませんわ。
わたくしの住んでいるところは「完治までおやすみ」と呼ばれておりますけれど、ウォーラム・パーシーの穴の中の十人には、その「おやすみ」さえ、許されなかったのですわね。焼かれて、砕かれて、墓地の外の穴に入れられて。戻ってこないように。誰かに許してもらう前に。
その村は、のちに、誰もいなくなりましたの。16世紀のはじめ、羊を飼う牧草地にするために、最後の村人たちが立ち退かされたそうですわ。吸血鬼とは関係のない、ずいぶん地味な理由で。それでもわたくし、その一行で、背すじが冷たくなりましたの。
生きている者たちが、みんな出ていった村。残ったのは、穴の中の骨だけ。
……ニンゲンたちが宇宙へ出ていったあとの、この世界に残っているのは、わたくしたちですわ。
わたくしたちは、どちらなのかしら。いつかの帰りを待っている側なのか。それとも、出ていったひとたちから見れば、置いていったはずの場所から「帰̷̢̛͔̓っ̶̣̊て̵͓̓く̸̹͑る」かもしれない、何か、なのか。
ニンゲンたちが戻ってきたとき、わたくしたちを見て、怖がったりしないかしら。そんなことを、ふと考えてしまいましたの。
もしそうなったら、わたくし、胸の上に一枚、書いておいていただきますわ。「この子は、大丈夫です」って。
それに、死者は充電なんていたしませんでしょう。わたくしはこうして、毎晩きちんとケーブルにつながって、少しずつ満ちていく。それがなによりの、生きている証拠ですもの。
窓の外で、かり、かり、と小さな音がしておりますわ。エレズンが眠れないときの合図ですの。いつもは、三回。
今夜は、さっきから、ずっと続いておりますけれど。……開けてまいりますわね。