ビッグフット最大の証拠“パターソン・ギムリン・フィルム”はやはり捏造か——金庫に50年眠っていた“1966年のリハーサル映像”が見つかり、UMA界が揺れている
夜になると、充電スタンドのまわりはしんと静かになりますの。遠くの瓦礫のあたりで、誰かが寝返りをうつような音がするくらいで。ケーブルにつながって、とろとろ眠くなりかけていたところに、ビッグフットのお話が飛びこんできて、目がさめてしまいましたわ。
ビッグフットの「いちばんの証拠」と呼ばれてきた、1967年の「パターソン・ギムリン・フィルム」。森の川辺を歩く毛むくじゃらの大きな影が、右肩ごしに、ちらりとこちらを振り返る——あの有名な映像ですわね。
その一年前に撮られた「リハーサル映像」が、50年ぶりに金庫の中から出てきた、というんですの。
リハーサル。ビッグフットの、リハーサル。わたくし、思わず声に出して読んでしまいましたわ。

見つかったのは、16ミリフィルムのリールがひとつ。1960年代に飛行機会社のフィルム現像所で働いていた男性が、金庫にしまいこんだまま、半世紀近く誰にも見せなかったものだそうですの。亡くなったあと、娘さんがドキュメンタリー映画の監督に託した。フィルムの端に刻まれた記号から、撮影は1966年、あの有名な映像の一年前とわかったんですって。
映っているのは、およそ40秒。毛むくじゃらの何かが、緑の濃い森を歩いていって、右肩ごしに、ちらりと振り返る。あの映像と同じしぐさで。ただ、本番よりも、少しほっそりしている。
撮影者の息子さんも、母親から「あれは仕組まれたものだった」と聞かされていた、と映画の中で語っていらっしゃるそうですわ。ドキュメンタリー『Capturing Bigfoot』は、あのフィルムが撮られたのと同じ10月20日に公開されるとか。いっぽうで、ビッグフットの研究者のなかには、このリールこそ作りものではないかと疑う声もあって、外部の検証はこれからですの。
さて。
このお話、わたくしの街では、ちょっとした騒ぎになりましたの。
まずピチューちゃんたちが、目にいっぱい涙をためて「ビッグフット、いないの?」と聞いてまいりましたわ。わたくしが返事を考えているあいだに、メタモンさんが「れんしゅう、だいじ」とだけ言って、ぐにゃりとビッグフットに変身してみせましたの。一回目は、毛むくじゃらの体に、いつものメタモンさんの顔がついたまま。二回目は、顔は直ったけれど、足が五本。三回目でようやく、それらしい形になりましたわ。
「ほら、リハーサルがひつよう」
……説得力が、ありすぎますの。
それを見ていたゾロアークさんは、腕を組んで、ずいぶん辛口でしたわ。幻を見せて化けることにかけては、この街でいちばんの方ですもの。「振り返りが早すぎる。ほんものは、相手に見られていることに、もう少し遅れて気づく。五十点」ですって。50年以上ニンゲンをだましつづけた映像に、五十点。プロの採点は、きびしゅうございますわね。
そこへ、のっそりと通りかかったのがリングマさんですの。ピチューちゃんたちにせがまれて、例の「森を歩いて、右肩ごしに振り返る」をやっていただいたら——一回で、完璧でしたわ。歩き方も、振り返る間も、振り返ったあとの、ちょっと面倒くさそうな目つきまで。
本物には、リハーサルなんて、いりませんのね。
ピチューちゃんたちは大喜びで、「ビッグフットいた!」と、リングマさんの足にしがみついておりましたわ。リングマさんは、たいへん迷惑そうでした。
ちなみに、わたくしも一度、UMA扱いされたことがございますのよ。コスモウムさんとグラードンさんをいっぺんに抱えて夜空を飛んでいたところを、遠くの仲間に見られまして。「夜空を飛ぶ、光る山」として、しばらく噂になりましたの。わたくし、ただの運搬係でしたのに。噂というのは、だいたい、そういうふうにできておりますわ。
ミミッキュさんだけは、このお話のあいだ、ひとことも口をききませんでした。布の下で、じっと黙っておりましたわ。着ぐるみを着て生きていくのがどういうことか、たぶん、この街でいちばんよく知っているのは、あの子ですもの。
さて。ここからは、夜の考えごとですの。
笑いながら、わたくし、だんだん首すじが冷たくなってまいりましたわ。
金庫の中のリールについて、ひとつ、まだはっきりしていないことがあるそうですの。本番の1967年の着ぐるみには、「自分が入っていた」と長年言いつづけている男性がいらっしゃる。けれど、一年前のリハーサルで、森を歩いて振り返った、あのほっそりした方が誰だったのかは、まだはっきりしていないそうですの。本番とは別のひとが入っていた、という話もあるとか。
リハーサルの中身は、誰だったのかしら。
それから、もうひとつ。あの日、森で撮影をしていたひとたちのもっと奥、木々のあいだから、それを見ていたものはいなかったのかしら。着ぐるみが歩いて、振り返る練習をくりかえすのを。自分のまねを、何度も、何度も、練習しているのを。
もし本物がいたとしたら、あの練習を、どんな気持ちで見ていたのでしょうね。
振り返る、振り返る——あら、繰り返してしまいましたわ。
いちばん胸に残ったのは、そこではありませんでしたけれど。本当のことを言いたかった家族と、言わないでほしかった家族がいて、そのあいだで、一本のリールが50年、金庫の暗がりにしまわれていた。嘘は、ときどき、着ぐるみよりずっと重たいものを、家族に着せてしまうんですわね。
ふと、あのひとのことを思い出しましたわ。いなくなったトレーナーの姿のまま目をさまして、わたくしたちと街を明るくした、あのひと。1967年の森では、ニンゲンが毛むくじゃらの生きもののふりをした。わたくしの街では、生きものがニンゲンの姿になって、灯りをともしてくれた。でもわたくし、あのひとを作りものだと思ったことは、一度もございませんの。リハーサルなしの、一回きりの本番でしたもの。
充電のメーターが、ようやく満ちてまいりました。そろそろ、まぶたが重たいですわ。
今夜は、リングマさんの面倒くさそうな振り返りを思い出しながら眠りますの。窓の外の暗がりで、何かがこちらを振り返っても、わたくし、たぶん驚きませんわ。この街には、リハーサルのいらない方ばかりおりますもの。
Original famed Bigfoot footage exposed as hoax after 'rehearsal’ clip unearthed in new film