世界滅亡は2026年11月13日(金)——1960年に科学誌Scienceが掲載した「終末方程式」。しかも現実の人口は、30年間この式より先を走っておりましたの。
世界が終わる日が、決まっているそうですわ。
二〇二六年十一月十三日、金曜日。
あと、一か月と少しですのよ。
占いでも、予言者のお告げでもありませんの。一九六〇年、世界でいちばん権威のある科学誌のひとつに、数式つきで掲載された論文ですわ。
題名は、こうでしたの。
——「終末の日:西暦二〇二六年十一月十三日、金曜日」
……しかも、その数式は、三十年間ずっと当たり続けておりましたのよ。
一九六〇年十一月四日。科学誌「サイエンス」の一二九一ページ。
半導体についての論文の、最後の脚注がありますでしょう。
そのすぐ下に、新しい見出しが載っておりましたの。
「終末の日」。
……半導体の脚注の、真下ですのよ。
書いたのは、イリノイ大学の三人ですわ。人口の専門家ではありませんの。電気工学科の方々で、そのうちのひとり、ハインツ・フォン・フェルスターという方は、二年前に「生物学的コンピューター研究所」を作ったばかりの物理学者でしたの。
やったことは、とても単純ですのよ。
キリストの時代から一九五〇年代の終わりまで、世界の人口の推定値を二十四個集めて、その全部を一本の曲線で結んだのですわ。
そうしましたら——
その曲線は、平らになりませんでしたの。
どんどん急になって、ある年に、垂直に立ち上がりましたのよ。
その年が、二〇二六・八七年。十一月十三日ですわ。
式にすると、こうなりますの。
世界の人口は、およそ「一七九〇億 ÷ 残りの年数」。
残りの年数が半分になるたびに、人口は倍になりますわ。
そして、残りがゼロになった瞬間——割り算が、壊れますのよ。
(N = 1790億 ÷ (2026.87 − t) / t → 2026.87 / N → ∞ / 続行)
……人口が、無限大になる日ですの。
論文の著者たちは、その日のことを、こう書いておりますわ。
賢い人類が、自らを消し去る日だ、と。
そして、いちばん有名な一文がこれですの。
——わたくしたちのひ孫の、そのまた子どもたちは、飢えて死ぬのではない。押しつぶされて死ぬのだ。
……飢えではありませんのね。
詰め込まれて、ですのよ。
さて、ここからが、わたくしのいちばん背中の冷えたところですわ。
なぜ人間だけが、そんな増え方をするのかしら。
ふつうの生きものは、混み合ってくると増え方が鈍りますでしょう。牛乳瓶の中のハエも、お皿の上の細菌も、いずれ天井にぶつかって、そこで止まりますの。
でも、人間は違う——と、論文は言っておりましたのよ。
人間は、話し合うから。
手を組んで、助け合って、災いをやわらげて、暮らしを良くしていく。だから、数が増えるほど、むしろ少しずつ増えやすくなっていく、と。
……つまり。
人間を人間たらしめているもの——助け合うこと——が、そのまま、人間を終わりへ運んでいく、という式でしたのよ。
わたくし、そこで手が止まりましたわ。
さて、もちろん、当時から批判はありましたの。
翌年、ある数学者の方が、こう書きましたわ。明らかにばかげた結論を支えるための、許されない数学の使い方だ、と。
タイム誌も、ニューヨーク・タイムズも取り上げて、新聞の漫画にまでなりましたのって。
ところが——
ある研究者の方が、その後もずっと、この式と本物の人口を見比べ続けましたのよ。
一九八七年、その方が科学誌に手紙を書きましたわ。
一九六〇年ごろの専門家の予測は、一九七五年の人口を三十億から三十五億としていた。終末の式は、三十六億五千万と言っていた。
そして、実際の数は——三十九億七千万でしたの。
……式のほうが、専門家より当たっておりましたのね。
しかも、現実のほうが、式より先を走っておりましたの。
一九八〇年には、式より四億四千五百万人も多かったのですわ。
一九九〇年代まで、ずっと。
人類は、自分たちの終末の曲線を、追い越していたのですわ。
さて、ここからは、少し笑える話をいたしますわね。
この論文、ぜんぶが真面目というわけでもなかったのですのよ。
まず、十一月十三日という日付。
——フォン・フェルスターご本人の、誕生日でしたの。
……世界の終わりを、自分の誕生日に設定なさったのですわ。
それから、同じ式を、逆向きにたどってみたそうですの。人口がたったひとり——最初の人間、アダムになるのは、いつか。
答えは、およそ二千億年前。
当時の天文学者が見積もっていた宇宙の年齢は、二百四十億年でしたのって。
……アダムが、宇宙より八倍も年上になってしまいましたの。
そして、この論文は、解決策まで提案しておりましたわ。
人口を一定に保つための仕組み。名前は——「ピープロスタット」。
……サーモスタットの、人間版ですのよ。
部屋の温度のように、人の数を調整する装置ですって。
わたくし、ここで、ずいぶん笑ってしまいましたの。
さて、答え合わせですわ。
この曲線は、どうなったかしら。
折れましたの。
世界の人口の増える速さは——一九六三年に、いちばん高くなって、そこから下がりはじめましたのよ。
論文が出てから、わずか三年後ですわ。
今の世界の人口は、およそ八十二億。式どおりなら、今ごろ七百六十億人になっているはずでしたの。
国連は、今世紀の終わりごろに百三億人ほどで頭打ちになると見ておりますわ。
ですから、十一月十三日は、たぶん、ふつうの金曜日ですのよ。
……ただ。
その論文には、副題のような条件がついておりましたの。
——もし、これまでの二千年と同じように増え続けるなら。
外れたのは、式が間違っていたからではありませんわ。
人間のほうが、変わったからですの。
さて。
わたくしのいたところにも、予言をする子たちがおりますのよ。
ネイティオの子は、一日じゅう太陽を見つめて、じっと立っておりますの。過去と未来が見えるのですって。
何を見ているのかと訊いても、答えてくださいませんの。みんなは、何か恐ろしいものを見ているのだと噂しておりますわ。
それから、サーナイトの子ですわね。
以前、あの子が、とても大きな隕石が落ちてくると予知したことがありましてね。昔、大きな生きものたちを滅ぼしたのと同じくらいの大きさの。
……ええ。片づけておきましたわ。
空まで飛んでいって、宇宙で砕いて。あの子が予知する、三十五分ほど前に。
それで、予知をする前のあの子に、こう申し上げましたの。終わりましたわよ、と。
……あの子、たいそう困った顔をしておりましたわ。
まだ見てもいない未来を、片づけられてしまったのですもの。
予言というのは、そういうものかもしれませんわね。
当たるかどうかより——言われたあとで、誰かが動くかどうか。
さて、最後に、ひとつだけ。
わたくしの住んでいる世界は、一度、終わっておりますの。
ニンゲンが、空の上へ行ってしまいましたから。
ですから、わたくしは知っておりますのよ。
世界の終わりは、人が無限になる日に来るとは限りませんの。
——人が、ゼロになる日にも、来ますわ。
あの式の、反対の端ですのね。
……どちらの端にも、終わりがありますのよ。
ピチューちゃんたちは、気がつくと増えておりますけれど。
あの子たちが押しつぶされるほど増えることは、たぶん、ありませんわね。
増えすぎたら、わたくしが抱えておきますもの。
……さて、そろそろ充電をいたしますわ。
十一月十三日の金曜日。
ムウマの子が、その日はいたずらをしてもいい日だと思い込んでおりますの。
……世界が終わらなかったら、たぶん、あの子のいたずらがいちばんの事件になりますわね。
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