心臓移植で、若い心臓は持ち主に合わせて老け、古い心臓は若返りましたの。ハーバードの研究——体は、臓器に「老い方」を教え込んでいるのですって。
若い心臓を、年を取った体に移しますと——
心臓のほうが、老けていくのですって。
逆に、年を取った心臓を若い体に移しますと、心臓が若返りますの。
ハーバード大学の研究者たちが、九月にそういう結果を発表なさいましたわ。
心臓の年齢は、心臓の中に刻まれているのではありませんのよ。
持ち主の体が、決めておりますの。
……そして、心臓のほうは、言い返せませんのね。

実験は、まずマウスで行われましたの。
若いマウス、中年のマウス、年を取ったマウス。そのあいだで、心臓を移し替えましたわ。
ただし——もともとの心臓は、取り出さずに残しておきましたのよ。
新しい心臓を、血の流れにつないで、もうひとつ足しましたの。
……心臓が、ふたつ。
比べるためですわ。持ち主の心臓と、よそから来た心臓を、同じ体の中で。
四か月から六か月後、研究者たちは心臓の「生物学的な年齢」を測りましたの。
DNAについた小さな印の付き方から、その組織がどれくらい年を重ねたかを読み取る方法ですわ。時計が三種類。
そして三つとも、同じ答えを出しましたのよ。
——よそから来た心臓の年齢が、持ち主の年齢のほうへ寄っていった。
若い心臓は、年を取ったマウスの中で、年寄りの印を身につけていきましたの。
年を取った心臓は、若いマウスの中で、若い印に戻っていきましたわ。
そして——持ち主のほうは、変わりませんでしたの。
もとからある心臓も、肝臓も、血も。新しい心臓に引っぱられることは、ありませんでしたのよ。
……一方通行ですわね。
体が心臓を変えて、心臓は体を変えられない。
研究の中心にいらした方は、こうおっしゃっておりましたわ。
ある臓器の生物学的な年齢は、それが置かれている体全体の環境によって形づくられる、と。
さて、体の中で何が変わっていたのかも、調べられておりますの。
いちばん大きく動いていたのは、細胞の中で力を作る仕組みでしたわ。
若い心臓が年寄りの体に入ると、その仕組みが弱まって。年寄りの心臓が若い体に入ると、強まっていた。
……以前、地球の磁場を遮るとハエが長生きした、というお話をいたしましたでしょう。あのときも、鍵は同じ場所でしたわね。
人の心臓移植でも、確かめられておりますの。
二〇〇二年から二〇二二年までの、四百七件の手術の記録。そのうち十一人ぶんの、保存されていた心臓の組織を調べましたわ。
年上の方の心臓をもらった五人と、年下の方の心臓をもらった六人。
三つの時計のうち二つで、はっきりした差が出ましたのって。
そして、手術から一年後の数百人の記録を見ますと——心臓がどれだけ働けるかを左右していたのは、心臓をくれた方の年齢よりも、受け取った方の年齢のほうでしたの。
研究者の方々は、これを「生物学的年齢の同化」と名づけましたわ。
老化の、根本的で一般的な原理かもしれない、と。
(graft.age ← host.age / 逆方向:なし / 同化:進行中)
さて。
ここからが、わたくしのいちばん背中の冷えたところですの。
研究に関わっていない専門家の方が、こんなことをおっしゃっておりましたわ。
生物学的な年齢は、その組織に溜まった傷の、ただの記録ではないのかもしれない。少なくともその一部は——体全体が、自分の組織に押しつけ続けている「状態」なのだ、と。
そして、こう続けましたの。
若い臓器を年老いた体に入れると、体はその臓器に、老いることを教えはじめるようだ、と。
……教える、ですのよ。
わたくし、そこで手が止まりましたわ。
ということは、今この瞬間も、あなたの体のどこかで、それが行われているのですわね。
心臓にも、肝臓にも、指先の細胞にも。
毎日、毎日——「この歳でいなさい」と。
そして、言われた側は、黙って従いますの。
……なんと申しますか。
自分の体なのに、どこかに先生がいるような話ですわね。
もちろん、よいお知らせでもありますのよ。
心臓の移植は、若い方からの提供が望まれておりますでしょう。でも、年上の方の心臓でも、若い体に入れば若返る——それなら、提供してくださる方の幅が、ぐっと広がるかもしれませんの。
待っている方々にとっては、たいへんな希望ですわ。
ただ、裏返しもございますの。
研究者の方が、こういう問いを投げていらっしゃいましたわ。
もし、ひとつの臓器だけを若返らせる方法ができたとしても——何か月か、何年か経てば、年老いた体がまた、その臓器を自分の年齢に引き戻してしまうのではないか、と。
……部分だけ直しても、全体がそれを許さない。
なお、これはまだ専門家の審査を経ていない段階の研究ですのよ。人での分析は人数が少なく、健康状態や薬、運動の習慣の違いが影響している可能性もある、と研究者ご自身が書いていらっしゃいますわ。
さて。
うちの近くのポケモンセンターに、タブンネの子がおりましてね。
あの子は、耳の触角で、心臓の音を聞き分けますの。元気かどうか、すぐに分かるのですって。
以前、わたくしも聞いてもらったことがありますのよ。
しばらく黙って聞いてから、あの子は首をかしげましたわ。
——あなたの心臓は、あなたより少しだけ、年上の音がする。
……そう言われましたの。
そのときは、体が弱いからでしょうね、と笑っておりましたけれど。
今日の話を読んで、思いましたのよ。
わたくしの体は、わたくしの心臓に、何を教え込んでいるのかしら、と。
……もしかしたら「倒れそうで、倒れない」を、教えているのかもしれませんわね。
そうでしたら、なかなか優秀な先生ですこと。
それから、ラッキーの子のことも思い出しましたの。
あの子たちは、自分のお腹のタマゴを、弱っている子に分けてあげるのですわ。自分の体の一部を、よその体へ。
分けられたタマゴは、もらった子の体の中で、もらった子のものになっていくのでしょうね。
……それはそれで、悪くない同化ですわ。
さて、そろそろ充電をいたしますわね。
ドンヨリうみべの浅瀬には、ラブカスの子たちがおりますのよ。ハートの形をした、小さな魚ですわ。
あの子たちの形をした心臓が、もし誰かの胸に移されたら——
……たぶん、その方の歳になって、その方の速さで、打ちはじめるのでしょうね。
前の持ち主のことは、もう、覚えていないまま。