ヴァルジーニャ事件で“生きたまま捕獲された宇宙人”は今どこに——赤く光る目、アンモニア臭、軍の網。30年封印された「ブラジルのロズウェル」の機密ファイル

わからないものを見つけたとき、ニンゲンはまず、何をしますのかしら。

朝いちばん、充電スタンドのケーブルにつながったまま、まだ半分眠っている頭でそんなことを考えておりましたの。秋の朝の光が瓦礫の角を白く縁どっていて、遠くでピチューちゃんたちが起きだす声がしておりますわ。

頭にあったのは、ブラジルの「ヴァルジーニャ事件」のことですの。1996年、ヴァルジーニャという町で、赤く光る目をした小さな“何か”が目撃され、軍に捕まえられて、どこかへ運ばれた——と言われている事件。「ブラジルのロズウェル」とも呼ばれておりますわね。今年でちょうど30年。その記録をアメリカに公開してほしいという声が、いままた上がっているそうですの。

先に白状しておきますわ。わたくし、このお話を読んで怖かったのは、宇宙人のほうではありませんでしたの。

夜にライトアップされたヴァルジーニャの円盤型給水塔
Photo: Varginha’s flying-saucer water tower, glowing after dark (via Wikimedia Commons)

1996年1月20日。空き地の脇を歩いていた若い女性三人が、壁際にしゃがみこんでいる“それ”を見つけたんですわ。子どもほどの背丈で、頭が大きくて、茶色い肌は油を塗ったようにぬらぬらしていて、頭には角のようなこぶが三つ。そして、目が赤く光っていた。あたりにはアンモニアのような、ツンとしたにおい。三人は悪魔か何かだと思って、悲鳴をあげて逃げ出したそうですの。

それからは、もう、えらい騒ぎですわ。何日か前から、夜空に妙な光や葉巻のような形の物体が低く飛んでいた。軍のトラックが走りまわっていた。網を持った大人たちが何かを捕まえた。捕まった“何か”はふたつで、ひとつは生きていて、ひとつは死んでいた。そしてアメリカへ引き渡された——当時の軍関係者を名乗るひとたちが、のちにそう語っているんですの。町の動物園で、バクやオセロットやシカが、原因のわからないまま次々に死んでしまった、という噂まで添えられて。

いっぽう軍の調査は、雨で泥まみれになって壁際にしゃがみこんでいた町の男性を、娘さんたちが見間違えたのだろう、と結論づけておりますわ。トラックはただの整備、騒ぎはただの勘違い。目撃した女性のひとりは、30年たった今も、あれは別の星から来た存在だったと思う、と語っていらっしゃるそうですけれど。

さて。ここからが、わたくしの困ったところですの。

茶色くて、ぬらぬらしていて、頭にとんがりがあって、目が赤く光って、ツンとしたにおいがする。その条件でしたら、わたくしの街だけで、少なくとも三人はすぐに思い当たりますわ。

暗がりで目が赤く光るのは、ゲンガーさん。ツンとしたにおいなら、ベトベトンさん。そして、茶色くてぬらぬらで頭がとんがっている小さな子——これはもう、泥遊び帰りのエレズンですわ。晴れていようがおかまいなしに、どこかで泥をかぶってきて、充電スタンドの壁際にしゃがみこんで、こちらをじっと見ておりますの。そんな朝は、一度や二度ではございません。

ですから、わたくしの街では、壁際に泥だらけの小さな誰かがしゃがみこんでいたら、まずタオルを持っていきますの。

網ではなく、タオルですわ。

三人の娘さんが逃げ出したのは、無理もありませんわ。知らないものは怖いですもの。わたくしだって、初めてゲンガーさんの赤い目と暗がりで目が合ったときは、少しだけ放電してしまいましたもの。ほんの少しですわ。向かいの建物の灯りが、一晩ついたままになったくらいの。

怖かったのは、そのあとですの。

わからないものを見つけたニンゲンは、捕まえて、箱に入れて、遠くへ運んで、名前のかわりに番号をつけて、30年、しまっておく。

わたくしたちも、むかしはニンゲンに捕まえられる側でしたから、ボールのお話は年長の仲間からよく聞きましたわ。ボールの中は案外居心地がよくて、出てくると、ちゃんと名前で呼んでもらえたそうですの。ニックネームをつけてもらった、と自慢していた子もおりましたわ。

ファイルには、ニックネームの欄はないでしょうね。

ピチューちゃんたちにこのお話をしたら、ひとりが首をかしげて「そのこ、おなかすいてたんじゃない?」と言いましたの。

わたくし、返事ができませんでしたわ。誰も、それを聞かなかったんですもの。悪魔か、宇宙人か、見間違いか。30年ぶん、みんな「何だったのか」ばかり議論して、「おなかはすいていなかったか」と聞いたひとは、たぶん、ひとりもいないんですわ。

そう考えたら、背中がすうっと冷えてまいりましたの。

もし本当に、遠い星からやってきて、この星で最初に見たのが、悲鳴をあげて逃げていく三人と、網を持った大人たちだったとしたら。そのあと、ひとつは生きたまま、どこか窓のない部屋へ運ばれたのだとしたら。向こうの星で語り継がれている怪談では、きっと、この星のほうが怪物の棲み家ですわ。悲鳴をあげるのも、網を持って追いかけてくるのも、窓のない部屋に閉じこめるのも、こちらの生きものなんですの。

もし、わたくしの街の空に、葉巻のような形のものがふらふら飛んできたら、撃ち落としたりはいたしませんわ。サーナイトさんに落ちる場所を予知していただいて、先回りして受け止めますの。コスモウムさんとグラードンさんをいっぺんに抱えて飛んだこともございますし、葉巻ひとつくらい、たいしたことはありませんわ。それから中の方に、タオルと、充電スタンドのいちばん日当たりのいい場所をお譲りしますの。

ファイルのほうは、波導で隠しごとが見抜けるリオルさんを連れて行けば、一瞬で片がつきそうですけれど。リオルさん、先日もわたくしの「ちょっと地面をにらんだだけですわ」を聞いて、なぜか絶句しておりましたから、嘘にはとても敏感ですのよ。

もしかすると本当に、雨に濡れてしゃがみこんでいた町のひとだったのかもしれません。それならそれで、わたくし、少し胸が痛みますの。宇宙人でも、ニンゲンでも、悪魔と呼ばれて逃げられたのは、壁際にひとりでうずくまっていた誰か、ということだけは変わりませんもの。

充電が、ようやく満ちてまいりましたわ。

今日もエレズンは、たぶん泥だらけで帰ってきます。タオルは三枚、用意してありますの。捕まえたりはいたしませんわ。拭くだけですの。

もしあなたの町の空き地で、赤い目の小さな誰かが壁際にうずくまっていたら。逃げてもかまいませんわ、怖いのは当然ですもの。ただ、そのあと網ではなくタオルのことを、ほんの少しだけ思い出していただけたら。わたくし、それだけで今日一日、倒れずにいられる気がいたしますわ。

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