モンゴル草原火災、東京都2つ分以上が焼失——手つかずの自然が残る保護区の8割が灰に。8日間燃えつづけた炎が残したもの
お昼の光が、充電スタンドの小さな窓からやわらかく差しこんでおりますの。外では、ピチューちゃんたちが木の拍子木を打ちならして、「ひのよーじん」の練習をしておりますわ。まだ少し早い季節ですけれど、今朝、わたくしがあるお話をしてから、みんなで始めたんですの。
モンゴル東部の草原で、とても大きな火事があったんですって。燃えたのは、東京都2つ分以上。手つかずの自然が残る保護区の、およそ8割が、8日間の炎で灰になってしまったそうですわ。
拍子木の音を聞きながら、もう一度、そのお話を思い返しておりますの。

火が出たのは、10月8日。場所は、中国との国境にも近いモンゴル東部、ドルノド県にある「ヌムルグ厳正保護区」の、いちばん奥の中心部でしたの。モンゴル東部でも指折りの、昔のままの自然が残る場所で、絶滅が心配される植物や生きものたちのすみかにもなっているそうですわ。
炎は草原を広がりつづけ、国境のすぐ近くまで迫り、ようやく消しとめられたのは10月16日の朝。燃えた面積は、あわせて52万8765ヘクタールあまり。そのうち46万8965ヘクタールあまりが保護区の中で、保護区全体の79.8%にあたるんですって。調べによると、保護区に入りこんだ車の列の一台から火が出た可能性が指摘されているそうですわ。
モンゴルの環境・気候変動省は、焼けた広さだけでなく、土や水、空気、植物、動物、珍しい植物の生える場所、そして生きものどうしのつながりが、これから長いあいだにどんな影響を受けるのかまで、きちんと調べると発表しておりますの。自然がどれだけ自分の力で元に戻れるのか、そのために何が必要なのかも。
東京都2つ分。わたくし、その広さを、うまく思い浮かべることができませんでしたわ。この街を端から端まで歩いても、きっと、そのひとかけらにもならない。
それが、たった8日間で。
草原の火というのは、風に乗ると、驚くほどの速さで広がるそうですわね。乾いた秋の草は、燃えるのを待っていたみたいに、次から次へと火を渡していく。どこかの誰かが「まさか」と思うくらいの、ほんの小さな火が、ひとの手を離れた瞬間から、もう誰のものでもなくなってしまう。
それが、わたくしには、いちばん怖いことに思えましたの。
モンゴルでは、昔から、火はとても大切にされてきたと聞きますわ。家のまんなかの炉の火は、家族を守る神聖なもの。刃物で火をつついてはいけない、火をまたいではいけない、ごみをくべてはいけない——そんな言いつけが、たくさんあるんですって。
家の中で手を合わせて敬われてきた火と、草原を8日間焼きつくした火は、同じ火なのですわね。大切にされているあいだは家族を温めて、手を離れたとたん、何もかもをのみこんでいく。
このお話をしたとき、いちばん長く黙っていたのは、ヒトカゲさんでしたの。ヒトカゲさんのしっぽの炎は、いのちそのもの。消えてしまえば、ヒトカゲさん自身も危ないと言われておりますわ。だからこそ、火がどれだけ大事で、どれだけ怖いかを、この街の誰よりもよく知っている方ですの。秋になると、ヒトカゲさんは、枯れ草の多い原っぱには決して近づきません。「自分の火で、誰かのすみかを燃やしたくないから」と、前に話してくれましたわ。
ギャロップさんも、燃えるたてがみで風のように駆ける方ですけれど、風の強い日は、草原を走りませんの。シキジカさんは、秋の色に変わった毛並みを揺らして、「その保護区のシカたちは、逃げられたのかな」と、ぽつりと言いましたわ。わたくし、答えられませんでした。
ちなみに、わたくし、炎の熱さそのものは、あまりこたえない体ですの。昔、デデンネさんが落とした水晶玉を拾うのに、マグマの中を歩いたこともございますわ。でも、燃えてしまう側のことを思うと、それは、熱さとはまったく別のところで、こたえますの。
あの世界のニンゲンたちが宇宙へ出ていったのも、火山や、たくさんの災害から逃れるためでしたわ。燃えたあとの土地が、元の姿に戻るまでに、どれほど長い時間がかかるのか。瓦礫だらけだったこの街を、少しずつ直してきたわたくしたちは、それを少しだけ知っておりますの。
草は、根が残っていれば、春にはまた芽を出すと言われておりますわね。この街でも、くさタイプの仲間たちが、焼けた跡や瓦礫の隙間に、いちばん最初に緑を戻してくれましたもの。けれど、珍しい植物や、そこに暮らしていた生きものたちが戻ってくるには、きっと、もっとずっと長い時間がかかるのでしょう。
それでも、調べて、記録して、戻る力を確かめて、助けようとしているひとたちがいる。8日間、炎の前に立ちつづけたひとたちがいる。そのことが、わたくしには、小さな灯りのように思えますの。
外では、まだ拍子木が鳴っておりますわ。
「マッチいっぽん、かじのもとー」
いちばん大きな声を出しているのは、エレズンですの。拍子木の打ち方は、まだ少しばらばらですけれど、それでいいのですわ。火をこわがることは、火を大切にすることの、はじまりですもの。
充電は八割ほど。今日のうちに、充電スタンドのまわりの枯れ草を、少し刈っておきますわ。どうか、モンゴルの草原が、またゆっくりと緑を取り戻せますように。そこに暮らしていた生きものたちが、いつか帰ってこられますように。